Jul 29, 2011

レイ・ハラカミ氏の音の浮遊感は明らかに唯一無二だった

友人のBLOGの最後にripとの文字があって、「ん?」と思ってググって、昨日から今日にかけて2つ目のビッグニュースを知る。とても悲しい方の。

嬉しいことがあった後には、悲しいことがある。というこの世の摂理とでも言うべきなのだろうか。
嬉しいことの次に、嬉しいことがあって、また次に嬉しいことがあればいいのに。

1000枚だけこっそりSUBLIMEからプレスされたあのオレンジ色ジャケの12inch。
右も左も分からず名古屋で生活を始めた時に、その音の浮遊感でストレスまみれの生活を忘れさせてくれた12inch。
大事にしますよ。

nujabesの若すぎる死を思い出しながら、R.I.P.............ちょっと急ぎすぎだよ、原神さん。





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Jul 28, 2011

YIDFF2011

一日二回ブログ更新って…と自分でもちょっと気恥ずかしい感じがあるのですが、ちょっとニュース的な意味でここに記録を。


山形国際ドキュメンタリー映画祭:Yamagata International Documentary Film Festival:YIDFF
というものがあって、いわばドキュメンタリー映画の作り手にとっては誰しもが一度は目指すような、まあ漫才師で言うところのM1みたいな、それの国際版みたいな、そういうものがあって、隔年開催のこの映画祭、2011年の今年は開催年なわけです。

この映画祭には様々な企画があるわけですが、その中で、
「荒削りでもひと際光るなにかを感じさせ、新しい表現に果敢に挑み続けるアジアの作家たちを発掘、応援するプログラム」
というものがあって、それは「アジア千波万波」という名前がついています。これが言うなれば新人が出して上映されたらいいなーと思っている場所の一つな訳です。今年はどうやら63の国と地域から705本が応募され、その中から24作品の上映が決定したようです。うーん、3%…中々に狭き門…

この「アジア千波万波」に、いわゆる「先輩」の作品が上映されることが決定した、というのをさっき学校のHPを見て知ったので、若干興奮しつつも、あーやはり選ばれたのだなあ、納得、との思いもあり。

直接的には数回話したことがあるだけの、恐らくこちらの名前は覚えてもらっていない程度の関係性の先輩なのですが、この上映決定作品を、研究科(今自分が所属してるのは初等科)の上映会の時に学校の試写室で見させてもらって、私とその場にいたKとで驚愕したことは事実で、すげー!こんなすごいの作ってる人が先輩にちゃんといる!と、まあ純粋に嬉しく思ったのでした。

今回上映が決定したバージョンが、その時見させてもらった編集のままなのかどうかは不明ですが、「山形に出した」という話を後日伺う機会があって、「あーあれは凄く面白かったですー。いやー選ばれたらいいっすねえー。」と、完全に観客目線のだらしがない話をしたりしていたので、上映決定したと知って非常に嬉しいと同時に、自分もいずれ、は…!との思いを強めたりする夕暮れであります。

いやしかし、先輩が評価されるってのは非常に嬉しいですな。しかも機材は我々とほとんど変わらないようなものを使っていて、撮影は大体1年くらいかけてされたもので、ほとんど撮影も編集も一人でやってらっしゃる。色々と勇気を頂きました。


その監督は奥谷洋一郎さん。作品名は「Les enfants du Soleil」(邦題は「ソレイユのこどもたち」の模様)
http://www.yidff.jp/2011/program/11p2.html




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memo twitter企画に関連して

企画案1.と関連する必読資料として。

「アーキテクチャとクラウド―情報による空間の変容」


「コンピュータのシステムやプログラム、インターネットのサービス、人間をコントロールする環境管理型の技術、社会やモノの構造・深層、そしてそれらの設計などを意味し、近年、多様な場面で使われている「アーキテクチャ」。また、多様な展開をしているGoogleや、インターネットに常時接続可能な環境がインフラストラクチャーとして整備された今「クラウド」と呼ばれるネットワークのあり方が現実化している。クラウドによる変革は、かつての電力によるそれにたとえられ、社会や産業の構造、都市や国家のあり方を変えるとも言われている。

情報環境のアンビエント化・インフラ化が、地球規模でスピーディに進行し、生活やコミュニケーションのあり方、内面の領域にまで深く関わりつつある中で、建築・都市・空間はどう変容していくのか。それぞれ専門の著者による、対談・インタビュー・リサーチを収録。」


注意1:企画が取り扱おうとしているテーマにどんぴしゃすぎる書物なので読解には慎重を要すること。
注意2:単純に面白「すぎる」ため、この書物の対談内容に引っ張られすぎないようにすること。
注意3:アーキテクチャとクラウドに「取り残された」人々の視点を無視しないこと。

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【2011.7.28現在での本企画に関する考察】

情報により変化する空間(=世界認識)の背後には、情報「なんか」では変わらない空間(=世界認識)が必ずあるはずであること。多様化する世界認識の中で「common」として各人の中に機能している(はずである)スペース(それは家族なのか、隣人なのか、故郷なのか、美なのか、夢なのか、生活なのか、消費なのか、ゴシップなのか、あるいはその全てなのか。それはまだ分からないが)を映像化するための演出方法についてより具体的に考える必要がある(と同時に、そこがある程度確立されれば、この企画は映像作品として成立する可能性が格段と高くなる)。

変わる/変わらないという大雑把で素朴な対立項としてではなく、エントロピー増大の速度差をこそ丁寧に扱う必要があること。



ここで、少し丁寧に、10年代的な存在の方法について、筆者の中である程度固まっている考えをここに示しておく必要があるだろう。

ある土地とその周縁の密な人間関係によって担保されているコミュニティとしての「生活」という価値観は、書くまでもないがとっくに崩壊していること(それは「昔は良かった」という60代以上の人が持つ一種の退行的憧憬の中にしか存在し得ない。特に都市生活者の場合にはそれが顕著であり、そこに20代都民の自分が共感することなど全くの無意味に等しい)、それに対するカウンター(=反抗)としてのノマド的思想についても、現時点で安易過ぎるものでしかなく、単に「今とここが余りにも酷くて辛すぎるから、逃げられるところまで逃げ続けようぜ(=安定しない事が一番のリスク管理だと無理にでも自分に言い聞かす事によって)」という典型的に80年代的なスノッブ(相対性理論という「退廃的な心境の中の軽さ」をテーマにしたバンドが生まれながらに不景気しか知らない陰鬱であるはずの世代の圧倒的人気を獲得することから明らかなように、もしくは菊地成孔ファンである20代が誰でも一様に、図らずも醸しだしてしまう貧乏臭さから明らかなように)への叶わないゼロ年代〜10年代型の「憧れ」にしか過ぎないこと。80年代的スノッブは経済的基盤が確立されていたからこそ可能であった事実を直視すべきだ。表層だけそれを真似ようとしたって貧乏臭く、かつ実際に貧乏(80年代と比較して)である、という事を忘れてはいけない。ようは個人的な付き合いがある人のうち何人かが「異常に金回りが良い」という構造が80年代にはあった訳だけど、10年代でそんな関係は全くリアリティを持たない訳で、そんな「みんな貧乏」の中でノマド的あり方を模索しようとしたって、誰一人周りの人間がその生活を担保する余裕を持っていないのだから、無理があるということだ。そうすると、次の思考の行く先はまたもや安易にも「じゃあみんなノマドになればいいじゃん!」になる訳だが、世の中の8割は「安定志向」だって事実はちょっとニュースやら記事やらを読んでいれば明らかで、その思考があまりにナイーヴで現実を見れていないと指摘されても反論は出来ないだろう。もう一つのパターンとして「じゃあ勝ち組がノマド的生活を担保してくれればいいのに」というものがあるが(これには筆者は理想として共感する部分もあるが)、そもそも勝ち組はノマドとしての生活を拒否した結果として運良くその立ち位置を獲得しているので、基本的にはノマド的思考を単に負け組として捉えることで自我を相対的優位(それも幻想にすぎないわけだが)の中に保つ訳であり、そのようなアイデンティティによって生活している人たちに共感を求めることもあまりにナイーヴだと言えるだろう。

その両方(コミュニティとそのカウンターとしてのノマド)に囚われないあり方を模索するのが10年代であることは、2008年のリーマンショック以降、3年も過ぎた現在において火を見るよりも明らかなのにも関わらず、相も変わらずそのどちらをお前は(もしくは俺は、私は)選んでいるのだ!というような不毛な見当外れの議論を一蹴するための考察と議論が不可欠だろう。何故か3.11以降、この議論は進んでいないのではないかというのが筆者の感覚であり、むしろ議論が後退していっているような感覚が強い。一種の忘却の作用が強く働いているように思われる。

70年代(=90年代)的な存在の仕方は今後の世界経済を考えて見れば不可能な事は明らかであり、80年代的な軽さをオウム/9.11/リーマンショック/3.11を青年期に経験してしまった我々が体現することも不可能であり、ゼロ年代的な「何も無い」状態に耐え切る事も難しいと思われる10年代には、冷静に考えてみれば、戦後の全ての文学・芸術・映画・音楽から学ぶべきことはすでに何も無く(それは構造的にという意味で)、誤解を恐れずにここに言い切ってしまえば、現在生きている全ての「先輩」達の「グッドオールドデイズ」に囚われた助言は我々の世代には端的に何の役にも立たないということだ。

80年代以降生まれの「作り手」は、戦後よりも戦前に目を向けなければならないだろうし、国内よりも国外の状況に敏感でなければならないとだけは、自信を持って書くことが出来るだろう。

ただ、その仮定の中にあるエクスキューズとしては、60年代のあり方については常に目を向けなかればならないのかもしれない。70、80、90年代はもう消化した上で無視してしまって良いと言ってもさほど問題ではないが、60年代は無視出来ない。
そういった意味でテレビがその方法論を獲得していった60年代後半についての、テレビマンユニオン創設者3人の「TBS闘争」のルポタージュは今こそ最重要テキストである事は揺るがない事実であるし、宮崎駿が「コクリコ坂から」の時代設定をわざわざ1963年に設定した事の意味については大いに考える必要がある。

全共闘、全共闘ジュニア世代の死にかけていた残党が、ここぞとばかりに反原発デモを繰り返し(それは明らかに左翼的意義を付加されて「しまって」いる)、その60年代末期から生まれた空虚な熱狂とでも呼ぶべき熱量に当てられてしまい、目も当てられないような恥ずかしさを露呈している同世代を冷めた感覚で捉えつつも、その政治性をあくまで「空虚な熱狂」と捉え、冷めながらも意志を持ち続ける事が出来る初めての世代として、80年代以降生まれの世代は社会の中で機能していくしかないだろう。

ある一つの場所に腰を据えたような「大木」としてのあり方も、どこにも根を張らないで漂流する「流木」のようなあり方も、10年代はあらかじめ奪われているといっていい(と、ひとまずしておいて)、
「どこにもベースがないがあらゆる場所に偏在している」という屈折したあり方を健康的に獲得するという方法論しかあり得ないんじゃないか?



と、ここまで来てようやく、10年代的な存在の方法と、本企画のテーマをギリギリ接続しようとしている訳だが、「どこにもベースがないがあらゆる場所に偏在している」という方法は、まさしくアーキテクチャとクラウド的な存在感であり、twitterやfacebookを代表とするSNSやBLOGが提供しているもの、そのものである。80年代以降に生まれた現在の20代から30代あたりの世代が当たり前にネットを駆使して、かつそこに「依存」しているように見られる事には、時代の必然があると考えた方が自然だ。社会に偏在するためにネットという世界は最も適したアーキテクチャを構築してきたと考えることが出来る。物理的に近い人間関係が強固に互いの生活を担保したようなコミュニティ的世界がなくなり、かつノマド的な生き方が経済的に不可能(に近い)である世代が、最後の一手として頼るのが「偏在」機能を強力に持っているネットだとの見立てはそれほど突飛なものではないと思う。それを「前提」として、その構造的状況の中でどう「ヘルシーさ」を獲得していくのか。それこそが我々が考える問題ではないか。重要なのは自分たちのいる位置を正確に認識した上での「ヘルシーさ」の獲得なのだ(飲み会でこれを初めて語った時は誰にも理解されなかったが)。

少し攻撃的になるかもしれないが、おじいちゃん、おばあちゃんの「知識人/文化人」が電車でスマートフォンの中の世界に淫して閉じているように見える「若者」を批判すること、なんて、そんなものは我々は無視してよいのではないか。先にも書いたが、彼らの経験は端的に我々の世代には「あまりにも状況が違いすぎて」役に立たないと見切った方が健康的だと思うのだ。ネットの世界に自らが遍在すること、それが我々が社会の中でなんとかその役割を見つけ機能していくためのやむにやまれぬ選択であるということを彼らがどれほど真実味を持って理解できるだろう(出来る訳がない!)。

「twitterを通して見る世界」というコンセプトの射程は、狭義では「ネットと現実」という二項対立とか、ネットネイティヴとネットアンネイティヴとの世界認識の断絶であることは間違いないが、広義にはゼロ年代から声を大にして叫ばれてきた「若者の生きづらさ」に直接的に接続していることは、ここまで読んでいただいた方には何となくご理解いただけたかと思う。

我々は、google+のサークルというコンセプトについて注視すべきだ。技術は時代を最も分かりやすく且つ敏感に反映している。facebookとtwitterが爆発的にその存在感を増したこの数年の中で、googleが最重要コンセプトとして持ち出したのが「排他性」であること。あくまでネットの中にあるソーシャル・キャピタルは現実世界のソーシャル・キャピタルの構造を維持しながら補強する機能として存在するのだ、という高らかなる宣言がgoogle+であることをよく考えなければならない。

「そこに一時的に腰を据えられるなら据えればいい。据えられないなら据えなくてもいい。ただ、ソーシャル・キャピタルだけは確保しておけ。そうすればそれなりに死なない。」

求められるのは、根を張る努力や根性ではなく、漂流する覚悟でもない。

自分の位置を社会の中で正確に見据える観察眼と、その位置に即座に対応出来る心持ちという意味での柔軟性だ。
自分の思想が変わらなくても、社会の中での相対位置は時々刻々と変化していることに自覚的でなければならないだろう。
その視座に立った上で、現在の国民みな躁鬱/総欝的状況を打破すべく、ヘルシーさを恥ずかしげもなく求めていくことの表明。そのような意志が、このtwitter企画の根本にある。



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Jul 25, 2011

企画案 memo

1. twitterを通して見る世界ー世界認識格差の時代

2. 「この場所」で考え続ける3.11以降の世界ー我々は皆、当事者である

3. 映像認知の限界と可能性ー映画は科学による分析を拒むか



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Jul 24, 2011

最終講評終わり

羞恥プレイ終了して帰宅。

「うん、終わったな」という感じ。

筒井監督、是枝監督、諏訪監督に講評してもらった内容を、自分なりに理解出来て且つ納得出来るとこまで詰まったので、これでこの修了作品の制作は終わりという感じ(理解した上でその通りにするかどうかについては別。今回は、これで「終了」だなという段階まで自分の中で詰まって、スッキリしているので、恐らくこれで終わりで間違いない)。


また、オープンキャンパスで自分たちの作品の講評以外の面で「ドキュメンタリー」についてお話を聞いていて収穫は多かった。

日頃考えていた事が的外れではないことを実感出来た事が大きい。

映画を撮るスタートラインに片足だけ立てたような気がする。

最終的には、聞いて、考えて、選択する。それだけだ。

さて次はどうしようか。焦らずじっくり、聞いて、考えて、選択したい。



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Jul 23, 2011

MAKING of MANGA 完成

整音作業も終わり、ようやく完成。

今日はこれから13時より最終講評。

筒井武文監督、是枝裕和監督、諏訪敦彦監督に完成版を講評していただく。
オープンキャンパスらしく、一般の人たちも30人ほど来るらしい。

もう、講評がどうあれ、やることは全てやったので悔いはない。
羞恥プレイを楽しもうと思います。





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Jul 19, 2011

memo 2011.7.19

・蓮實重彦が「表層批評宣言」で行おうとした事は可能だったか → 言語化できないものを言語で表現する挑戦は不毛か
・セルフドキュメンタリーについて → 全てのドキュメンタリーはセルフドキュメンタリーと定義出来ないか
・批評 → 表現内容と文体/スタイルの関連について → 構造をテーマにした作品は構造的に作られている事
・映像の構成を言語化する事は果たして可能か → 企画書/構成表の意味と不可能性について → 言語化を避けるスタイル
・言葉を使用する事=論理を使用する事なのか → 映像の認知は「論理」に収斂されないというのは本当か(科学的に)
・論理を超えた認知についての基本的科学知識の必要性 → シュルレアリスム、無意識領域へ響かせる表現は分析可能か
・認知科学の基本的知見を獲得すること → 認知科学と映像があまりにかけ離れている現状について
・感性工学について → その可能性と不可能性
・構成表が全て数式で表現されうるような映像表現は可能か → 映像はどこまで論理化(数式化)可能か
・2次的批評の必要性 → 批評の批評は不毛ではないか → 一から考え出す事でしか生まれない感覚の重要性の認識
・ジガ・ヴェルトフについて → 作者解説が一切無かった時に果たしてヴェルトフは今日の評価を獲得したか
・論理で表現不可能な映像への信仰を持つ作家が、自作の解説に言葉を使う事の矛盾について
・分析を欲求する映像と分析を拒絶する映像の差異について


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Jul 18, 2011

「世界なう」に漂流する「わたしなう」の覚悟はあるか

さて、ここにも書いたように、先日twitterをやめてしまったため、多少の「禁断症状」とでも呼ぶべきものが時たま出てきており、iPhoneをなんとなくトイレに持ち込んでポチポチやろうとして(しかも無意識に!)「あっtwitterアプリないのか」という瞬間や、寝転がりながら何となくiPhoneをポチポチやるときに「あっtwitterやめたんだった」みたいな瞬間があるという事態になっております。そんな感じで、世界中のネットサーバに膨大に存在する(そしてそれは随時更新されている!)情報が作り出している仮想的な「世界」に自分がどれくらいどっぷりと依存していた/いるのか、という事を「認識/思考/予測」といった概念的なレベルからではなく「親指が押すアプリが無い」という物理的な実体験として経験するような、ある種実に現代人的な週末を過ごしているのですが、そんな中で一つ明らかになったことは、twitterをやめる=BLOGの更新率が上がる。という事でありまして、まあこの症状はすでに数年前のmixi退会直後1ヶ月程度の期間に経験済みのことでありますが、やはり今後のいくつかのエントリーはその症例として立ち上がってくるであろう事を冒頭で宣言しておくべきでしょう。それがtwitterのように断片的な、ラーメン食った(写真付き)・なでしこオメデトウ!・渋谷へ向かうなう、のような代替的な形をとるのか、今回のような超長文というtwitterによって抑圧されてきた思考形態として反動的な形をとるのか、については明記しかねるところです。

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ここで予め、少し、「筆者の状況なう」をご説明させて頂きましょう。

1.ついさっき、「なでしこJAPANがワールドカップ優勝」という、エキサイティングな経験を生中継のテレビにより経験したばかりだという事。
(余談ですが、澤選手の2点目については奇跡としか言いようがありません。そしてUSA as No.1という建国以来ただ一つ守ってきたアイデンティティを経済的に急速に失いつつあり、アフガニスタンからの撤退と軍事費縮小を余儀なくされ、スペースシャトルをもうこれ以上打ち上げる予算がなく、宇宙開発の面でロシアを打ち負かす事がとうとう叶わなかったという状況の中で、すでに自信を失いかけていたアメリカ国民が、大戦以降は無意識的に「属国(=可愛いペット)」として認識している東洋の小国Japanに対して、絶対的な優位を誇っている「フィジカル」なスポーツで敗退してしまったというショックはあまりにも大きいと予測することは容易であり、教育がほぼされていないようなバイブルベルトのような地域で今後多少のヒステリックな「日本嫌悪現象」が生じる事は間違いないでしょう)

2.冒頭に述べた通り、約1年半ヘヴィユーザとして使用していたtwitterを退会したという事。それはつまり、仮想世界において「AAAIAUA」という名前によって場所と時間を超えて存在していた「現在」の喪失であるという事。

3.ここ最近「お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か」という日本が誇るテレビマン3人のテレビ論を少しずつ読んでいるという事。テレビは生、現在性、ジャズのような即興性のメディアだとの議論がなされている事。

この3つの状況に共通するもの。それは「現在性」という問題です。

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twitter以前から、「自分に何が起こったか。」を人に伝えたいとの思いは全世界共通/全時代共通の基本的な人間の欲求であるという事は、マズローの5段階説を考慮してもある程度は正しいと言えることでしょう。認識欲求であるとか、自我欲求を満たすために、現代人はネットというツールを駆使している訳です。これは裏返すと、現代は物理的なレベルで認識欲求や自我欲求が満たされにくい時代だとも言うことが出来る。時代性がtwitterの普及を導いたのか、twitterが予め存在していた時代性を促進したのか、それとも両方が相互的に作用しているのか。これも面白い議題ですが、本論から逸脱しすぎるので省略しましょう。

さて、twitterの「いまなにしてる?」という問いかけの新規性/革新性は、従来いつの時代、どこの土地においても当たり前に会話の発端になっていた「今日どうだった?=How's today?」もしくは「最近どうよ?=What's up?」といった「現状確認」に対して使用されていた「一日/数日/数時間」という単位を「いま。なう」という無限小(いまは瞬間ですから、それは無限小の単位です)に置き換えてしまう事によって、24時間いつでもどこでも好きな時に好きなだけ認識欲求を満たしてくれる(自分のフォロワーが自分のtweetを「見てくれている」という認識によって)といった、いわば全てが「24時間化」されていく21世紀の必然にフィットしたコンセプトにあったと言えます。

twitterに限らず、世界中に張り巡らされている「インターネット」は、24時間、どこかで誰かがその存在を主張している、そしてそれがダイレクトに見えてしまうという強力な機能をあらかじめ持っています。
「インターネットへのアクセス権」は、少々乱暴に言い換えてしまえば「現在性へのアクセス権」です。
その「現在性へのアクセス権」は、以前は物理的な距離に縛られており且つその存在時間に対して鈍感であった「私という存在」を、「私という存在なう」もしくは「私という存在at 9pm 2011/7/18」に置き換えてしまった。私という存在に時間という属性を強力に付加した。それがサーバ上に残るため、あらゆる過去の時間に存在していた「私」と「あなた」という幽霊が半永久的にさまようのがネット空間という事になっている。そしてそれは正に「今」も増殖している。更新されている。
そのような「現在性の民主化」とも言えるような現象は、あらゆるSNSによって世界的に、爆発的に起こっていると言えます。
忘れてはならない事は「インターネット上の存在」は全て幽霊だ。という事です。それらの存在はアップした瞬間に、幽霊(=過去に存在し、今は存在しない)になります。現実の存在とは基本的に別の性質を持っていると考えるのが一般的もしくは健康的と言える。現実の存在というものは時間によって切り取る事が出来ないからです(それは死者にのみ可能です)。

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さて、ここで、テレビについて考えてみます。
テレビの衰退は「番組の質が低くなった」事が原因なのか、「メディアとしての役割/ジャーナリズムとしての機能を正常に果たしていない」事が原因なのか。実はちょっと本質的には違うんじゃないか。という疑問を抱いています。
一つ、仮定として「テレビが現在性を失った」事が最も本質的なテレビ衰退の原因だとしてみましょう。
それは「テレビ業界」の中に存在する問題なのか。それも多少はあるかもしれないが、根本的には違うのではないか。「現在性」を「インターネット」が急速に獲得した事が真因なのではないかと疑っている訳です。

テレビのニュースで流れてくる事。それを「私はすでに知っている。インターネットを通して」。これが現在のテレビニュースが抱えてしまっている致命的な弱点です。テレビのニュースはネットユーザにとってほぼ全てがオールドになってしまった。ここ数年で、従来テレビが独占していた「現在性」をネットが代替出来るようになっています。ニコニコ動画が生放送を始め、USTREAMが普及し、twitterが「ネット上の生」を急速的に広める機能を担っている。いや、ネット上の生だけではない、現実の「生」すらtwitterによって広められる。「現在の渋谷」の状況をテレビで知ることは出来ないが、twitterで「渋谷」を検索するとそれは容易に獲得する事が出来る(時には写真や動画付きで)。

3人のテレビマンが「お前はただの現在にすぎない」というタイトルの本を出版し、テレビの本質は「現在性」であるとの思想にたどり着いたのは1969年です。しかし、40年以上経った現在でもその本質は変わっていない。テレビとは「現在性」のメディアのままであり、そこにメディアとしてのユニークさと思想がある。逆に、現在性にしか頼ってこない40年をテレビが過ごしてしまったとも言えます。番組の面白さの問題でも、情報の質の問題でもなく、「現在性をインターネットが代替してしまっている事」がテレビ衰退の原因です(もう言い切ってしまいましょう)。ネットが現在性をテレビから奪った。スマートフィンにしろiPadにしろ、手軽に手に入るnotebookにしろ、それらはネットというチームメンバーとして存在するハードウェアです。テレビが現在性を何か新しい形で再獲得出来なければ、テレビというメディアが今後も衰退し続けるのは必然とも言えるでしょう。

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さて、なでしこJAPANの活躍を生中継で見た事を発端としながら、twitterとテレビの現在性を考えてみましたが、2010年代は、あらゆる場面で「現在性」がキーワードになるのではないか。とまで考えています。
twitterユーザは今後も増え続けるでしょう。多くの人達が「わたしの現在性」を容易に獲得します。
1960年代当時のテレビの爆発的普及を振り返ってみても、「現在性」というのは明らかに麻薬的な面白さを持っています。
「今日何してた?」はすでにあまりに素朴で牧歌的な問いにすらなっています。「いまなにしてる?」の氾濫によって。

このような時代に、増強される人間の能力は瞬発力でしょう。我々はいつでもダッシュする事が求められる。ジャジーである事が求められる。ネットネイティヴな世代が社会を動かす年齢層になるにつれ、物事が判断され決定するスピードはどんどん加速されるでしょう。

ネットネイティヴな世代がデフォルトで経験している「わたし」は「わたしなう」であり、「あなた」は「あなたなう」です。「あなたなう」に瞬間的に、ジャジーに(即興的に)反応した「わたしなう」がいて、その「わたしなう」にまた反応する「あなたなう」がいる。そのような「現在性同士のコミュニケーション」による世界が形成される。

それはつまり、今まで何か固体として存在していた「世界」が、絶えず更新される流体のような「世界なう」へと姿を変える(認識が変わる)という事です。固体として認識していた「世界ハヴビーン」と相互作用する、固体としての「わたしハヴビーン」は、ネットという熱源によって現在性の流れの中にどんどん溶けていく。本来、持続の最終的な瞬間として存在していたはずの「現在」が、その前にある長年の(もしくは無限の)「持続」を忘れ「現在性同士のみ」でコミュニケーションを続ける。もしくはそのような流体同士のコミュニケーションが、固体同士のコミュニケーションが占めていた場所を急速に(急速にという点が重要です)奪っていく。そのようなコミュニケーションにより立ち上がっていく(いや、流れだしていくという方が正確でしょうか)「世界なう」。世界の粘度は年々明らかに減少していると言えます。twitterにおけるコミュニケーション/他者の存在認識がTimeLineという「流れる」インターフェースとして表現されていることは、世界の粘度減少と無関係ではないと考えるのが自然でしょう。手紙の文字は炭やインクとして固体として紙に存在しており、紙ではないEメールや携帯メールも「流れる」事はないコミュニケーションでした。しかし、twitterは「流れるTL」としてその本質的な流体の性質を明らかにしていると言えるでしょう。


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さて、勘が良く、また忍耐強いここまでの読者の皆様は、もうお気づきかも知れません。
私は先日、我々の「現在性」を強力に担保しているツールとしてのtwitterを退会しました。
それが何を意味しているのか。潜在意識的に「現在性」の氾濫が持つ危険性をこれまでになく強く感じているからでしょう。


我々の認識が、「世界」から「世界なう」になった時に、我々は何を得るのか。同時に何を失うのか。致命的な何かを失うのではないか。我々には流体としての「世界なう」の中において、流体としての(現在としての)「わたしなう」として存在していく覚悟が果たしてあるのか。そこで従来固体としての「わたしハヴビーン」によって保たれていた自我を失う人達が大勢現れるのではないか。流体としての「世界なう」に固体としての「わたしハヴビーン」は従来通り健やかに存在出来るのか。流体としての「わたしなう」へと自らの存在を器用に変化させていけない人たちは一定数存在するはずであり、その人達は固体として「世界なう」の流れの中に溺れ苦しむのではないか。流れるような自我を形成出来る事が「世界なう」の要請になってしまったときに、「流されない」人間は溺死しないか。


どうやら、今後も思考を続ける必要がありそうです。
危うさを感じるのは杞憂でしょうか。皆様、どうお考えでしょうか。

なでしこJAPANの優勝を祝いつつ、私は今、得体の知れない危機感を感じています。
適応力/柔軟性が何よりも重視されるこの時代/この国が、失い続けてきたものがあるはずだと。
固体として存在する人間がいない社会は、果たして今後良い方向へ向かう事を期待出来るのかと。
個人としての生活は流体としての「わたしなう」の方が社会との親和性が高い事は明らかですし、それがスマートです。
この国の親や教育は、流体としての「わたしなう」を量産してきたし、今も量産していると言えるでしょう。
しかし、社会には一定数の固体が必要だったし、今後より必要になるのではないかとの思いが強まっています。
ポストモダンなどとっくに終わっています。

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久しぶりに長文を書いて、あまりの脈絡の無さに自ら驚きつつ
同時に、「フォロワー/リプライ」を気にせず長文思考出来る快感を思い出しながら


量として、約38連続tweet分の考察の跡を

海の日の晴れた朝に


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Jul 16, 2011

twitter退会なう

mixiの時もそうだったけど、こう入れ込んでいくとある時にふっと冷めちゃう所が自分にはあって、さきほどtwitterアカウントを停止。1年半くらい使ってたけど、twitterは使い方によってはとっても有用な楽しいツールだと思う。全然、twitterを否定する気はなし。自分の性格と今の状況と今後などを総合的に考えて退会した。

なんつうか、こう、思考を熟成させるって事がいつでもとても大事だと思うのだけど、twitterがそこにあると、それはどうしても即時的な性格のものなので、その時思ったことをダーッと書いてしまって「練り」の力がどんどん失われるような気がしており。
自分が今後何かを作っていく上では、一旦思ったことを咀嚼して思考を練る事が重要だと思って、それにはtwitterはあまりよろしくないんじゃないかってのをこの数ヶ月くらいぼんやり考えていて、今晩そのタイミングがたまたま来たという。まあ普通のユーザならアカウントは残して距離を置けばよいのだろうけど、0か100かの性格は直らないというか…困ったもので。。

iPhoneユーザということもあって、外にいても歩きながらtwitter、電車でもヒマがあればtwitter、家でもタバコ吸いながらtwitterと。そういう超ヘヴィユーザな使い方に自分はどうしてもなっちゃうタイプで(前のmixiしかり)、それも何だか馬鹿らしい気もしていた。本を読んでいても2ページ読んでtwitterみたいな、明らかに集中力が低下するような状況もあったり。

1年半くらいの期間の中で、500人以上のフォロワーさんが出来て、twitterでやり取りした方は多数いるんだけど、そーゆう人達のtweetを見られなくなるのは正直ちょっと寂しい。会った事はないけど気になる人がたくさんいた。日々色々と悩みながら過ごしている学生さんとか、ドキュメンタリーが好きな人とか、たくさんの自主映画監督とか、俳優/女優の卵の人達とか、いつも下らない事しか書かない人とか、映画を作ってる学生さんとか、ちょっと心の病気をかかえて普通に生活する気力がなくなってる優しそうな人とか、活動家の方とか、サイエンス畑の人とか、いつも仕事の愚痴ばかり書いてる人とか、本当に色々。そんな、見知らぬ、けどどこかでその生き方に共感出来るような人たちの生活の一部分を垣間見るのは、まあ普通に楽しいものだったな。きっといつかどこかでお会い出来ると、そんな想像をしながら生活するのも悪くないかなあと。

でもまあ別のアカウント作るとかも当分はやりません。そのうちふっとまたやりたくなってまたフォロー/フォロワー0人からやるかもしれないけど。その時はまた。




twitterに書いた結言をここに。

「あらゆる人達が、あらゆる思考を重ねながらそれぞれの日々を生きている。大切なのはきっと、あの人の事を優しい気持ちで考えてみるような想像力。」

Jul 11, 2011

あれこれと考えているが

絶望や、悲しみから目を背け続けていると、希望や、喜びまでもが、見えなくなるんだと、思った夜に。

別に何かがあって落ち込んでいる訳ではない。超フラットに、そう結論した。

日常へと急速に戻っている。4ヶ月。そういう事を、ようやく言葉に出来る感じにはなっているのかもしれない。

格言に踊らされているのも、それはそれで気持ちいいものだが、結局、最終的には自分で考えて自分で結論しないとダメだ。

思考過程に他人の言葉を取り入れる事には積極的であるべきだが、結論は自分で出す。出した結論には責任を自分で持つ。

「俺は俺だ」とフラットに言えるような、そのくらいの年齢にはなったのかもしれない。遅いか。

見かけだけクールに大人ぶって、ガチな事をガチに言えないダサい奴にはならない、ぞ、と。

Jul 5, 2011

「数学の文化史」を読んでいて個人的な人生の繋がりを想起した早朝に

ファッションとパンクロックとヒップホップと映画に淫していた中学生時代も終盤を迎えつつあった15の夏ごろ、15の夜、盗んだバイクで走りだすほどは、夜の校舎窓ガラス壊してまわるほどにはグレてもいなかった私は、どうやら高校という場所に行くには受験というものがあるらしいという事を認識し始めており、元々の短期集中型の性格から、そんなに持続的に受験勉強をする気にはなれず、かといってどうやら高校という場所は、その次に大学という場所に行くためにはかなり重要な環境であるらしいという事も理解しており、どうやらこの国ではどこの大学で学んだかというステータスが、安定した職業に就くためには重要らしいという事もうっすらと感じており、うーんどうしよーかなー、やだなー大人になりたくないなーなんてモラトリアム初期の感じで日々を過ごしていた。

私の地元では、H高校がトップの進学校で毎年T大学へ入学する学生を輩出しており、K高校が次のレベルで、その次にN高校がある、という学力のランク付けがなされていた。そのぐらいは夏期講習などで塾に通う周囲の友人たちからの情報などからある程度は認識していたが、そんな中で高専という5年制(高校3年+高等教育2年)の学校が、ある種異質なものとして進路選択の位置を占めていた事を知った。高専の学力レベルはH高校とK高校の中間ぐらいだ。「悪くない。」

当時の私の学業成績はすこぶる順調で、進路担当の先生からはH高校に行くべきとの助言を頂いたりもしたが、H高校の学生は私の目から見てどうも魅力的には映らなかった。ダサかったからだ。当時唯一の収入源であった「お年玉」を全て洋服とCDに費やすようなお洒落キッズ気取りの私にとっては、学力などよりも在学生のカッコ良さが大問題であった。K高校はもう少しダサさ加減はなかったが、私の父親の母校でもあり、兄も在学中であり、なんかちょっと当たり前すぎて面白みに欠けるしなあと感じていた。

そこにつけて、高専というのはどうやら私服で通えるらしく、何やら髪の毛が金髪でも許されるらしい、学生の自主性を重視する方針で学則はほとんどないらしい、との噂は私のハートを少しばかり惹きつけた。ワープロなるものを無理やり家庭に導入するような中学生だった私は、人生ゲームなどの職業においても「プログラマー」という響きに魅力を感じていたり、たまに読む雑誌やニュースで「これからは情報産業の時代が来る」などという識者の意見も把握していた。なので、高専はなんだかよく知らないがアリだったのだ。

そこに更に重大な情報が入り込む。「高専というのは推薦入学という枠があるらしい。」
受験勉強などやる気になれなかった私は、この情報に食いついた。中学時代の成績だけで入試無しで入学できる制度は手放しに素晴らしい制度だった。当時20代後半だった(はず)女性の担任に相談すると、「うーん。まあ今の成績なら推薦で確実に入れるとは思うけど。女の子少ないよ?大丈夫?」と、非常に核心的なポイントを指摘され、一瞬ウッとなったのだが、「受験勉強しなくていい」というメリットが最大の決定因子となり、私はそのまま推薦で高専に入学した。


今思い返してみると、そんな安易な理由で高専に入った事が、現在までの私の人生の大部分を決定づけた。
何せ、高専の5年間で培った友人関係は、恐らく今後も揺るがないほどの密な繋がりとして存続しているし、大学編入(高専生は5年生の卒業段階で、就職 or 大学3年次編入という進路を選択する)も例によって受験勉強が嫌という理由もあって選択せず20歳で就職した会社は当時の担任一押しみたいなところだったし(結局入社後、会社の委託学生という立場で大学に編入したが)、何と言っても、元クラスメートだったSとは4年生頃から、かれこれ7年以上のお付き合いで、最も私という人間を理解してくれている存在だ。




と、こんな事を振り返って整理してみて、特に感傷的になっている訳でもないのだが、うーん、人生って繋がっているなあという事を思った次第。今から10年以上前の自分の選択は、確実に現在の自分まで繋がっている。
ただ、「会社を辞めてドキュメンタリー映画制作を志す」なんて、多分周りの知人友人家族含めもちろんSすら想像していなかったであろう、ある種確実に「血迷ったか?」と思われるような選択を去年に下した事も考えると、何というか、繋がっているんだけど、変化を自分で起こすことが出来るのも人生だなあと思う。


2005年の夏にシカゴに住んでいた頃から書き続けているブログが、今後もネットサーバ上に残り続けるとして、幸運にもあと10年、野垂れ死にすることなく生き続けていたなら、10年後、つまりは37歳になっている自分は、27歳のこのブログを読むのだろうか。そしてその時に、再度、人生の繋がりや選択による断絶を思い返したりするのだろうか。


まあ、どんな事になっていようと、未来は自分で切り拓くしかないんだろう。
拓也の拓は「切り拓く」という意味らしい。名前に負けず、切り拓いていかんとなあ。


駄文でした。
分厚い本と冷たいカフェオレと少しばかりの内部被曝と共に。
家族と友人とパートナーと、見知らぬ読者様の肉体的・精神的健康を祈って。

良い夏を。




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●最近読んだ

1.W・ベンヤミン「ベンヤミン・アンソロジー」:「技術的複製可能性の時代の芸術作品」を再読。必読。
2.阿部和重「無情の世界」:友人からもらったので。短篇集。表題の「無情の世界」の舞台は二子玉川。
3.畑村洋太郎「失敗学のすすめ」:機械設計の大御所の先生の本だが、あらゆる分野に応用可能。何度も読みなおす本。
4.宮崎駿「風の谷のナウシカ(全7巻)」:今売ってる漫画の中で最もコストパフォーマンスが高いと思う。2987円。
5.町田康「ゴランノスポン」:短篇集。表題にもなっている「ゴランノスポン」は傑作。THE町田康。


●最近観た

1.是枝裕和「奇跡」:誰も知らない、歩いても歩いても、に続く家族ものの新作。良質な娯楽映画。
2.ヴィム・ヴェンダース「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」:夏なので。キューバ音楽ドキュメンタリー。
3.川口潤「kocorono」:留萌が、いや日本が誇るべきbloodthirsty butchersのドキュメンタリー。かっこ良い。
4.デヴィッド・フィンチャー「ソーシャルネットワーク」:話題だったやつをようやくDVDで。普通に面白かった。
5.佐藤真「花子」:自分も使用しているPD150で撮られたと知って見直す。信じられんフィルム感。大津キャメラマン…

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Jul 2, 2011

90%

今年に入ってから何だかんだで半年間、バイトもせず制作していたドキュメンタリー映画「MAKING of MANGA」の編集が90%、終わった。




映画美学校2010年度ドキュメンタリーコース初等科の修了制作として、自分を含め3名のスタッフで制作した、30分程度の「漫画が出来るまで」ドキュメンタリー。

先週の土曜日、6月25日に「完成講評」なるものが終了し、正式なカリキュラムとしては整音作業を残すのみで、7月下旬もしくはそれ以降に予定されている「発表会(一応それなりの上映環境での上映らしい。正式な場所と日時は未定。無料のはず。多分)」を終えると、この作品の制作は完全に終わりとなる。なんだか、ここに書いていると、あーあっさり終わってしまうな。と、一抹の寂しさも覚える(いくつかの映画祭には出してみようとは思っているが)。


主任講師の筒井武文監督に、ときに優しく、ときにはボロボロに言われて凹んだりもしながら、映画にも編集にもペーペーの癖に言いたいことは言ってしまう生意気な学生にお付き合い頂き、様々なバージョンが生まれては消え、その繰り返しの中で徐々に形になっていき、なんとか「作品」として成立しているだろうというものが出来たと思う。

是枝裕和監督や、諏訪敦彦監督にも見ていただく機会があり、様々な的確な助言を頂いた。昔から尊敬する監督達に、拙い、作品と呼べるのかどうかもまだ怪しいようなものを見ていただいて、さらにそれに意見を言ってもらえるのは、学生の特権だ。
最終的には、筒井監督からは「作品になっている。映画の時間が出来ている」とのありがたい言葉を頂き、是枝監督からも「完成してる。面白かった」と言ってもらえた事で、半年間、地震を挟みつつもなんとかここまで粘って作り続けてきた甲斐があったなあと少しだけ安心した(もちろん、同時に様々な指摘も頂いていますが…)。

自分の制作能力の足りなさから、突発的な撮影が組まれることが多々あり、そんな不親切なスケジューリングに付き合ってくれた制作サイドの2人にも、これで何とか顔向けが出来るとの安心もでかい。今回の作品は企画は完全に自分のもので、編集もほぼ自分一人でやったので、これで中途半端なものとなって完成しなかったら、合計60時間以上の撮影に文句を言わずに(表向きは笑)付き合ってくれ、現場での判断が曖昧だったりする事もある自分の至らなさで、かなりの迷惑をかけただろう2人にはもう何と言ったら良いか分からないというプレッシャーが半年くらい続いていた。なので、心のどこかで恐れていたような最悪の事態にはならなかった事で完成講評後はかなり気が抜けてしまい、この1週間はめちゃくちゃ自分に甘いスケジューリングを立ててダラダラと次の企画を練ったり、著作権関連の英語文書の翻訳をしたりしていた。


まだ編集が90%なのは、諏訪監督に最終講評の際に指摘された点について、もう少し、上映会まで考える猶予を残しているからだ。ちょうど1週間前の完成講評が終わってからは、一度も完成バージョンを見直しておらず、なるべくこの映画から離れようとしている。1週間おけば良いかなと思っていたが、今の感覚だともう少し置いて、頭からもっと離してから見なおして、この作品がこのままで良いのか、多少変更するべきかを判断したいと思う。

映画と観客の距離を変える作業になる。作り手のコントロールから作品を外して自由度を広げる、そういう作業になるはずだ。どちらにしろ、構成の骨組みは恐らく変わらない。そういった意味で、90%は完成という事だ。


まだまだ、技術にしろ経験にしろ、全てにおいてまだまだ足りない事は分かっているが、今の自分が出来ることはほぼやってきた。あと10%出しきって、完成させます。