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Feb 26, 2012

久々に

なんとなく深夜にBLOG更新。

近況。

12月からテレビの編集助手っつー仕事を始めて約3ヶ月が経とうとしている。
休みは平均週1日取れれば良い方なので、去年と比べると急に忙しくなった。

映画の編集と、テレビの編集のギャップに戸惑いながら。
自分がこれまでに培ってきた仕事観と、テレビ業界のそれとのギャップに戸惑いながら。
新鮮な面も、クソッタレだなと思う面も両方を感じながら。
まあボチボチとやっていく。


「自分たちの映画を作り続けるためにはどうするか」


これが去年から抱えてきた大きな宿題だが、未だに理想的な答えは見つからず。
生活と制作。この両輪を回していくのは、当然ながらそんなに簡単な事ではないようだ。
誰かに依存せずにこれをやる方法を考える。


走ると疲れる。たまに早歩きになったりしそうになるが、周りの景色を冷静に、しっかり捉えながら、歩いていく。

なーんつって。ウイスキーで乾杯。




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Nov 21, 2011

鎌倉

去る日曜日、久しぶりにお出かけという事で、鎌倉に行ってきた。

電車で約1時間。昼頃に到着し、とりあえず昼食という事で、「尾崎」という魚を食わす店でさば味噌煮定食を頂く。ツレはアジの刺身定食。瓶ビール一本。昼から飲む冷えた瓶ビールさえあれば、全然、楽しく生きていけると思った。



その後、鶴岡八幡宮へ。日曜で天気も良かった事もあるのか、かなりの人だかり。


大仏ハイキングコースなるコースをひたすら歩く。途中に浄智寺なる場所に寄る。澁澤龍彦のお墓がどこかにあるらしかったが、それほど見つける気もなく歩いていたら、やはり見つからなかった。布袋様がいた。石の。お腹をさすると元気になるらしい。元気になったと思う。いや、ならなかったかもしれない。いや、なったはずである。たぬきもいた。石の。ニヤニヤしていた。





紅葉はまだまだ色づき始めた位だったが、すすきは立派に秋の風景を作っていた。
ハイキングコースという、軽い語感から鼻歌交じりに歩くコースだと思っていたら、中々にハードな山登りコースで、トータルでは2時間半位登ったり下ったりしながら、大仏のある高徳院へ。





初めて見たのだけど、やっぱ笑ってしまった。でかくて。背中からは見ると哀愁が漂い、パックり開けられてどこか情けない感じも。奈良の大仏を見た時も思ったがこれを作った人たちは相当に愛すべきバカだと思う。もちろん、いい意味で。





大仏の中に入っても超つまらないとツレが言ったので、中には入らずに甘いものを少し食べて帰宅。





久しぶりに山の中を歩いて、気持ちが良かった。
たまには、こう、意識的に、季節の折に、自然に触れていくのがいいかなーと思う都市生活者な最近。



おまけ。帰りに江ノ電の中から撮った夕景。

Sep 20, 2011

修了作品上映会から3日ー気持ちの整理と、週末の備忘

先週の16日金曜日に、2010年度映画美学校ドキュメンタリーコース初等科の修了作品上映会があった。
オーディトリウム渋谷という映画館で、同期たちの作品も含め4作品が上映された。

・糸とともに〜「さをり織り」たて糸づくり・織り・仕立て〜
・Globes:
・浜辺の巨大生命体へー大人の科学の挑戦ー
・MAKING of MANGA

この4作品が上映され、一つづつ講評して頂いた。

各作品の前に、まず代表者の簡単な挨拶があり、全ての上映が終わった後、山上徹二郎さん(シグロ代表・プロデューサー)、山崎裕さん(ドキュメンタリージャパン前代表取締役、カメラマン)、筒井武文さん(主任講師・監督)との3名での講評となった。


ここに詳細に書くことが出来ないほどの(それは、心理的に未だという意味で)、厳しい講評だった。あんなに張り詰めた空間を味わったのは久しぶりだった。劇場内の空気が「ピーン」という音を発しているように感じられた講評の1時間半。その場は「作り手」としてのガチの場であり、そこに一切のお世辞も、一切の馴れ合いも許されない場となった。

「糸とともに…」と「Globes:」に関しては、作り手としての態度や姿勢そのものが厳しく問われた。
「浜辺の…」に関してはF君のカメラワークがやはり是枝さんと同様に山崎さんから絶賛された。

3日経った今になっても、自分が関わったものではない作品の講評について、自分の意見でここに書けることはほとんど無い。が、一つだけ確信を持って書けるとすれば、山上さん、山崎さんが述べていた事は(これは以前の是枝さん、諏訪さんの講評でも同じだと思うが)、「自分には十分に理解出来た」という事だ。

約1年間ほど、「カメラとマイクの接続の仕方」みたいな、本当に基礎の基礎から映画作りというものを学ぶ苦楽を共にしてきて、その作品制作過程の紆余曲折を知っている同期の一人としても、あそこまでの酷評を聞いて、擁護したいとの気持ちが出たが、内容を真剣に聞いていて「それは違う!誤解だ!」と、真正面から対抗出来る事は、自分には無かった。プロデューサーとして、またカメラマンとして何十年と勝負してきている「プロ」達の講評の凄み、「作品」として何かを表現して世の中に出すということへの真摯な姿勢。尊敬する事しか無かった。

それが、本当に正直なところだ。
観客の前に「完成された作品」として出すという事。それをもっと考えろ。と全員、言われた気がする。


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その後の備忘録。

【金曜】
上映会後、何人かの人たちに声をかけてもらい、色々と話したりする。自宅に戻り、ツッチーと41氏とさとと飲む。
1時頃にさとが就寝。5時頃に41氏が就寝。そして11時頃まで、ツッチーと話す。

【土曜】
起床したら15時過ぎ。ダラっとする。夜飯にうどんを食いに行く。山上さんと山崎さんから言われた事を頭の中で整理する。41氏はもう一泊。「人生を背負う」という事は、どういう意味か。それは軽々しく口に出来る事なのか。などについて話す。今の自分に正直にあるしかないと結論する。

【日曜】
また15時頃起床。41氏帰宅。ダラっとする。スーパーに行く。唐揚げを食う。再度、色々と講評の事を考える。

【月曜】
基本はダラダラしながら、多少色々と整理がつく。やはり映画ではなく、今は社会と世界を見たいと思う。自分に圧倒的に足りないものは「長い目でものを見て考える」素養だろうと思う。映画が出来て100年とちょっと。映画の枠内だけで物事を考えていると思える言説が多すぎると感じる。腰を据えてじっくりモノを見る覚悟が自分には必要だと思う。「今」に敏感でいるために、ハイエナにはなりたくない。「今」の問題を、人間が抱える問題の普遍へと導く事が、きっとドキュメンタリーという表現には出来るはずだ。

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「MAKING of MANGA」の講評に関して。
メモしていた事をここにも備忘として書いておく。全体的に好意的な意見だったのでホッとした面もあったが、自分では一切気づいていなかった鋭い指摘を幾つか頂けて本当に良かった。


・山崎さん
「構成が、一年で何故ここまで見せられるのかというくらいに“変に”上手い。(まとまりすぎであまりそこが好きになれないというニュアンス含め)」
「撮影と構成が一つの方法論として一体的になっている。その設計が見事」
「ラストの作り手と被写体の共犯関係をバラしてしまうというカットは個人的に好きではない」
「テクニックと漫画家の人間とを見せていく構成のバランスが良い」
「執筆のテクニックを即物的に撮りすぎている面があるかもしれない。ストレートに執筆ではない、もっと漫画家自身の肉体の変化のようなものを現場で発見する目が必要だった。それが出来るかどうかにドキュメンタリーはかかっているのでは。そこに何かもう一つあったのでは。

・山上さん
「ものを生み出す人の苦しみと喜びが垣間見えた」
このような被写体との出会いは奇跡的で、一生にそう何度もあるものではない。その意味で、2作目をどうするのかを聞きたい。ドキュメンタリーを撮る事の幸せと不幸に出会ってしまったという事を自覚して欲しい。撮れてはいる。これからもこの被写体を撮り続けるべきかもしれない。その覚悟はあるか。その質問が出来るという意味では、一定の評価は出来る
「音の構成は際立って良かった分、もっと映像から自由になっても良かったのでは」
「ドキュメンタリーを撮るという事は、人生を背負うことに近い行為だ」

・筒井さん(?)
「出来るまで作品として、よく出来ている」
「対象との関係性の変化がない。対象との距離感の一様さから、ある種の馴れ合いが感じられる」
(筒井さんのコメントに関しては、内情を知った上(最初のシーンの撮影が時系列的に最後であること)での厳しい批評だと受け止めた)


加えて、上映会終了後、先輩たち(主にOさんとMさん)から頂いた指摘。

「漫画家のナレーションで説明されてしまうところで、幾つか好きになれない部分があった。特に「画で見せなきゃいけないシーンもあるから…」のところは、あれこそ画だけでいくべきでは」
「もっと音だけで色々出来る部分があったのでは」
「作り手が今、何故これを撮るのかという切実さの部分では、一番伝わった」
「電車が唐突に入る編集と、ラストのカットバックの編集がラジカルで好きだった」
「編集長などのシーンはいらなかったのでは。もっと執筆だけで押せたのでは」


更に加えて、漫画家・土屋雄民の指摘も(実は彼の指摘は他の作品についてもかなり本質的で勉強になった)
タイトルと内容が合わない。MAKING of MANGAというタイトルならラストカットは間違っている。あのラストカットは漫画家土屋に寄りすぎている。タイトルは重要。
足の執筆シーンが2カットあるが、1カットで良かったのでは。執筆シーンでもっと削れるところがあったはず(!)。

更に、一つしか覚えてないが、友人でサラリーマン役の41氏のコメント。
「ラストのカットバックのマンガのシーンは何故無音なのか。あそこに海の場所の音が入ってても良かったのでは」



こう、言われた事を整理して書いてみて、山崎さんと山上さんからの指摘が重く、的確で、愛のあるものだったと再認識している。

山崎さんがおっしゃった「現場で発見する目が足りない」という指摘。その通りだったと思う。内藤カメラマンからも同様の指摘を以前受けている。MAKING of MANGAはラッキーが重なって、予め撮りたいと思っていたものが撮れた結果、あまりに最初の構成に忠実になり過ぎたと今では思っている。「撮らなければいけないもの」を撮ることでいっぱいいっぱいになり、現場での発見が疎かになってしまった事も事実。そのため、「構成と撮影の設計」がこちらの思惑通りにいったところがあった。そこが成功した部分でもありながら、ドキュメンタリーとして大切なものが何か今一つ足りないと、きっと評価されたのだろうと思う。これは重く受け止める。

山上さんから言われた事。嬉しくて涙が出そうになった。客席に座っている自分に対して目を見て舞台上から話しかけてくれた山上さんの誠実さには感動した。山上さんが終始言っていた「覚悟・姿勢」については、自分は持てていたと自信を持って書けるだろう。その上で、非常にズシリとくる宿題を頂いた気がしている。




※講評の際、もっと批判的な意見があったかもしれない。基本的には、自分があっと思った事をメモしていたので…そしてキツイことは基本的に忘れてしまうというダメな性格のため…

※あの上映会に来てくれた一般の人で、ガギグゲキッコを手にとってくれた人は何人いるのか…3人くらいはいて欲しい…




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Sep 8, 2011

雑記

来月10月6日から13日にある、山形国際ドキュメンタリー映画祭に行くための資金(滞在費、交通費、チケット代)を稼ぐため、短期のバイトにいくつか応募していたのだが、今日、電話があって、変則ではあるがスマフォアプリのデバッグのバイトが決まった。久々のスーツ仕事で、さっきパンツを履いてみたがかなりきつかった。明らかに腹回りが…まあ少しの辛抱だ。

バイトが決まる前の段階で既に山形のホテルも予約していて、高速バスも予約していて、チケットも購入済だったので助かった。滞在費くらいは稼げるはずだ。

山形国際ドキュメンタリー映画祭は隔年開催されているもので、次となると2013年になるので、定職に就かないうちに一度全日で行っておきたいとの思いが強かった。

早く来月になんねーかなー。
前にここにも書いた学校の先輩の作品と、もう一人先輩の作品が上映される予定。
この二人の作品は、何がなんでも、観る。
目標は一日4作品観ること。30本くらいは観たい。特に同世代の方達の作品に集中したい。


と、その前に、キッチリお仕事をこなして。来週木曜から。
今月はバイトと修了作品の上映会と菊地成孔+大友良英のライブで終わる。




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Aug 29, 2011

雑記

金曜、土曜と飲む。どちらも渋谷。

土曜は飲む前の夕方に走る。30分程度。

今日は夜に走る。30分程度。

Ballantineを飲む。ロックだと飲みやすいかも。

松本大洋「Sunny」1巻購入。ヨーヨー付き。カバーデザインがカッコよすぎる。


レンタル「ANPO」「たまの映画」「180°SOUTH」「トルソ」

今、外から鈴虫の鳴き声が聞こえている。スーパーには秋刀魚が出ていた。夏も終わりだ。




ボリス・ヴィアンの「L'Écume des jours」を「日々の泡(あわ)」と訳したものは大学在学中に読んだ記憶があるが、「うたかたの日々」との訳のものは読んだことがない。あわ?うたかた?という事を考えたりした。




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Aug 24, 2011

小旅行記 名古屋〜金沢〜長野〜松本

8/18(木) @ 名古屋

前日、徹夜。
焼きつくような日光を久しぶりに感じながら新宿へ。41と合流。
10:30新宿発。16:30頃、名古屋着。高速バス。
栄へ移動し、ビジネスホテルにチェックイン。小休憩の後、金山へ移動。
TTI(大学)飲み会。メンバーは41、P、S、H。Pは数日前にアメリカから帰国したばかりだったので、その留学の話など。それに加え、各自の近況など。
自動車業界への就職が多い大学出身(Pだけ現在もドクターで在学中)で、数年前までは同じ大学にいたメンバーであるが、自動車業界に行ったのは一人だけで、一人は物流関係大手で手取りで月30以上を稼ぎ、一人はドクターの修羅の道を歩み、一人は院を中退してAKB系ショップでフリーターをやり、一人は無職で映画を作ったりしている。今から10年後、皆はどうなっているんだろう。
日付が変わる頃、41の提案で何故かカラオケへ。このメンバーでカラオケって…と思いながらも。
各自、バラバラな趣味の中、バラバラなジャンルを歌う。Hのアニソンは素晴らしかった。1曲も知らなかったが。
2:00頃Sが翌日朝からの仕事のため離脱。残ったメンバーは3:30頃までダラダラした後、デニーズへ。
始発待ちのファミレスでどれくらい粋なトークで場を繋ぐことが出来るか。という事を試すも、全員眠気マックスのためグダグダになる。5:00頃PとHが帰宅。そして残された41と俺。
始発まであと30分。というタイミングで、まさかのタクシー乗車。10分くらいでホテル着。
6:00頃就寝。といっても、自律神経がおかしくなってしまい結局は2時間程度の睡眠。
TTIメンバーはそれぞれが、それぞれの道で頑張っている。
今回は、来ると聞いていたMが諸事情により不参加、という事で、最大手H社に入社した彼が、入社後数ヶ月経過し、今どんな感じなのか話を聞こうと思っていたため非常に残念だった。次の機会にまた。
確かなことは、名古屋では“名古屋嬢”が減っていることだ。



8/19(金) @ 名古屋
11:00起床。12:00チェックアウト。ホテル向かいの店でラーメンを食って41と別れる。
徒歩で15分程度伏見の方に歩き、この日に予約していたホテル周辺でチェックイン時刻の15:00まで時間をつぶす。
カフェ2つ。南博「白鍵と黒鍵の間に」を読む。80年代銀座の雰囲気を、10年代名古屋にて感じる。
15:00頃チェックイン。ホテルのランドリーで洗濯などしつつ、ダラダラする。17時頃に眠気マックスを迎えるが、ここで寝ると深夜に起きること必定と思い堪える。コンビニ弁当の軽いやつなど食しつつ、鳥人間コンテストに涙しつつ、シャワーを浴びつつ、0:00頃まで眠気を堪える。
0:00頃、Sが仕事を終え東京からホテル着。
ようやく寝れると思い電気を消すも、やはり自律神経の乱れ激しく、実質の就寝は5:00頃。
こう書いてみて気がついたが、水曜から金曜の3日で実質3時間くらいしか寝ていなかった。
ヤバい。ちょっと寝なさすぎだった…



8/20(土) @ 名古屋〜金沢
1時間程度ウトウトして6:00起床。雨。ホテルフロントで傘を購入しつつ6:45頃チェックアウト。
名古屋駅から金沢駅まで。高速バス。7:30〜11:30。バス内で寝た。金沢は初。
駅構内観光案内所にて観光マップをゲットし、ホテルへ荷物を預けてから近江町市場へ。
13:00頃、刺身屋定食なるものを頂く。
その後、金沢城、兼六園と見物。兼六園は素晴らしかった。日本人の美の感覚は素晴らしい。
16:00頃、金沢蓄音器館なる所へ。各国の蓄音器の音の聴き比べ。EMG MK10という蓄音器の音を聞いて驚く。
ラッパの部分が紙で出来ているらしいのだが、ノイズが他のそれと比べて極端に少ない、柔らかい、生演奏のような音を出す蓄音器だった。
レコードは元々円盤ではなく円筒型であったこと。円筒型の時は縦方向の波を針が拾っていたこと(つまり、針が、その長手方向を上下に振動する)。円盤は横波を針が拾うようになったこと(長手方向の振動では無く、左右の方向、地震の振動を探知する針と同じ動きのイメージ)。その際、エジソンは縦方向の波の方が音質を保証出来ると考え、円盤で且つ縦波を成形したレコードを作ったこと。が、そのレコードは厚さが7mmくらいもあったため、大量生産の面でプレスのみで簡単に成形でき且つ軽く安価に生産できる今の形のレコードほど普及しなかったこと。など、館長の説明で初めて知った事が多かった。19世紀から20世紀に入る時代の話。複製技術が音楽分野に到達し、家で好きな音楽を好きな時に再生する。という現在でもまだメジャーな聴取スタイルを確立していった頃の時代の話。
その後、ひがし茶屋街なる、京都のような路地にて冷たい抹茶などを飲んで休憩し、18:00頃駅まで戻る。
Sがお土産などを物色。
一旦ホテルに行きチェックイン。少し休んで20:00頃、駅構内にある定食居酒屋へ。
かた豆腐、おでん、茶飯などを頂く。ビールと地酒「剣」2合を冷で。寝不足かつ移動かつ観光により酒がまわり顔が真っ赤に。21:30頃戻り、シャワー。
0:00就寝。南博「白鍵と黒鍵の間に」をこの日、読了する。
この日はようやく、ぐっすり寝る。

























8/21(日) @ 金沢〜長野
8:00起床。ホテルのバイキング朝食。金沢はホテル日航というちょこっとだけ高めのとこだったので、バイキングもちょこっとだけ贅沢な感じだった。
9:00チェックアウト。駅のロッカーに荷物を預け、21世紀美術館へ。
前から一度行きたいと思っていたところだったが、うーん。あまり。そんなに。建築は素晴らしいが…
その日やっていた「Inner Voices - 内なる声」という展示を見る。女性若手作家達の展示。
藤原由葵という静岡在住の作家の「寿星女王」という作品がなんとも、今の日本人女性の感じで、「グロテスクでかつ軽い」という印象を受けた。
正午ごろ駅まで戻り、うどんを食し、スタバで休憩した後JRに乗り込み、長野へ向かう。
今回の旅は、移動は高速バス+JR青春18切符で、ホテルはSのJALマイルで払う。という感じ。
直江津という駅で18:00頃乗り換え。「かにずし」なる駅弁を買うも、中身がスカスカでちょっと笑う。
20:30長野着。そのままホテルへ。カップラーメンを食う。菊地成孔+大谷能生「M/D(上)」を読み始める。
シャワーを浴びて0:00頃就寝。この日もやはり、ぐっすり寝る。

















8/22(月) @ 長野〜松本〜東京
9:30起床。朝食はホテルバイキング。この日のホテルは普通。9:00チェックアウト。
長野駅に荷物を預け、バスで善光寺へ。
おみくじは末吉。善光寺は立派だった。一生に一度は行っておいても良い場所だと思う。Sは今回一番のお気に入りのようだった。「お戒壇めぐり」なるものを体験した。

〜善光寺HPより〜
※お戒壇巡りとは、瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です※

本当に真っ暗。何も見えない。携帯で明かりを照らすのもNGらしい。ので、本当に何も見えない中を右手で壁に触りながら歩く。で、10cm先も一切何も見えないので、前の人に何度かタッチしてしまった。
そして、Sは「極楽の錠前」を触ったらしいのだが、俺は触れなかった。どこにあったのか分からず。
どうやら、御本尊様との縁を結ぶことは出来なかったようだ…
11時過ぎに近くの蕎麦屋で「さらしな蕎麦」なるものを食す。信州はそばが有名だ。確かにうまかった。
駅までバスで戻り、荷物をピックアップして12:30頃長野発。
長野から松本へ向かう途中で「おばすて」なる駅に何分間か停車したのだが、この駅からの景色が素晴らしかった。今回の小旅行はほとんど曇りか小雨の中の旅行だったが、この日だけ、何時間か晴れ間が見えた。どうやらこの駅から見る景色は日本中の駅の中でも有名らしい。
14:00頃松本着。またも駅ロッカーに荷物を預け、徒歩にて松本城へ。
入り口にて侍を発見する。写真を撮っていただく。帰り際に同じ場所に侍はいなかった。TDLにおけるミッキー的な存在なのだろうか。松本城は天守閣(6階)に登れるのだが、平日なのにとにかく何故か人が多くて、ここもやはりTDLのようだった。階段が非常に急であるため、ミニスカートをはいていたら確実に後ろの人からパンツ丸見えである。
16:30頃、駅に戻ってJRを乗り継ぎ東京へ。松本で駅弁を購入して車内で食す。ボックス型の車両は、気兼ねなく弁当が食えるので良い。松本〜大月〜立川〜溝ノ口と経由して用賀に着いたのは22:00頃。
小腹が空いていたので東秀でラーメンと餃子を食って帰宅。



























久々に旅行をして、中々楽しい気分転換になった。4泊5日。
が、宿泊費はSのマイル。移動費も食費もほぼS持ちの旅行で、さすがにちょっと、そろそろ金稼ぐように動かないとマズイなーと思ったりも…

巻き髪の名古屋嬢は、すでに絶滅危惧種である事。
金沢の人間の顔は、関西人と東北人を足して二で割ったようであること。
長野は思ったより過疎化が進んでいるようで、街中は割と荒んでいること。
松本の一部の女子高生の靴下は白く短くダサいこと。
スマートフォンは、都心以外ではそれほど見かけないこと。

そういった事を、そして、それ以外の事も色々と、学んだ。
が、最も重要なのは、やはり、
松本の一部の女子高生の靴下は白く短くダサいこと。である。
最後の写真も忘れてはならない。
各地には、なんだかよく分からない、雨で腐食の進んだ、裸のブロンズ像が大抵あると思う。
少年は、何故裸で横笛を吹くのか。お風呂上りなのか。小学生の頃から大いに疑問だ。


テレビでは、島田紳助氏が芸能界を引退する。昔何度かその筋の方とメールでやり取りしていたことが所属企業に見つかってケジメをつけるため。という、ビッグニュースなのか何なのかよく分からないニュースをやっている。芸能界に縁がないので、関係のない話だ。島田紳助氏が司会をする番組も一つも見ないので、やはり、関係のない話だ。
そのニュースと同列で前原氏が代表選出馬に意欲を示しているとのニュース。稲森会長という人が小沢氏派閥との仲を取り持っているなど。なぜ、一国のトップを決める代表選の話に、一民間企業のトップが重要なポジションを占めて登場するのか、政治に疎い自分には何がなんだかさっぱりだが、そんな自分にも確かに言えることは、前原氏は、いつでも、お風呂に入った後のような顔をしている。そして、それがなんとなく気に入らない。ということである。政局しかやらないニュースにはうんざりです。



追記:金沢のホテルにチェックインして夕食を食べに出る前に、Sからあった電話を返すと、O社に6年?くらい勤めていたKが会社を辞めて北海道に帰るとの話を聞く。急な連絡だったため、翌日(21日)にやるという送別会に行けなかった事が悔やまれる。Kは恐らくこのブログを見ていないと思うが、お疲れさまでした。

追追記:今年の夏は旭川に帰省する予定はないので、DやOやOに会えないのが非常に残念。東京に遊びに来たり就活で来たりした際には是非とも酒を酌み交わしたい所存。



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