10月6日から10月13日にかけて開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭に行った。
とりあえず、観たものを列挙。観た順。
「出稼ぎ東京」
「ネネット」
「光、ノスタルジア」
「大津波のあとに」
「槌音」
「殊勲十字章」
「ソレイユのこどもたち」
「女として生きる」
「反骨の砦」
「ある国鉄乗務員」
「市民戦争」
「第十九国会」
「南ベトナム海兵大隊戦記」
「テレビに挑戦した男・牛山純一」
「ギフト」
「朝が来て終わる夜を見たことがない」
「飛行機雲(クラーク空軍基地)」
「失われた町のかたち」
「チョコラ!」
「監督失格」
「川の抱擁」
「日は成した」
「三千年の収穫」
「まなざしの旅」
「雨果(ユィグォ)の休暇」
「アミン」
「阿仆大(アプダ)」
「柔らかな河、鉄の橋」
「密告者とその家族」
こう書いてみると結構観れてない。一日サボって読書してたし。。
各作品の感想を詳細には書く気がしないけど、良かったと思ったのは(テレビ除くと)
「光、ノスタルジア」
…一見関係ない人たちを監督の感覚で繋げていっちゃう強引さが嫌いじゃない。「繋げる役割」に真摯な姿勢に共感した。
「ソレイユのこどもたち」
…スタイルが確立されてる。
「朝が来て終わる夜を見たことがない」
…スタイルが確立されてる。
「チョコラ!」
…子供達がそこに生きている事がちゃんと誰にでも伝わる。「生きている」ことへの無条件の肯定が力強く感動的。
「三千年の収穫」
…うまく言語化出来ないけどストレートで気持ちが良かった。歌が強い。(劇映画)
「雨果(ユィグォ)の休暇」
…監督の事が好きになってしまったらもうそれだけでいいのかもと思えちゃう。短いの作品なのに人間がバッチリ映ってる。
「密告者とその家族」
…一番、エンターテイメントとして成立してた。ドキュメンタリー映画なんて普段観ない人でも「面白かった」と言える強度がある。
といったところ。
他のインターナショナルコンペ作品は、
一番退屈だったのは「阿仆大(アプダ)」シネマトグラフの実践らしいが、ペドロ・コスタのコピーにしか見えなかった。
「監督失格」「失われた町のかたち」「日は成した」はどれもセンチメンタルなセルフドキュメンタリーなのに、これだけ表現が違ってくるのを比較してみると面白い。どれも好き嫌いがハッキリ分かれそう。
「殊勲十字章」は玄人の評価が高いみたい。ブレヒト?らしい。が、自分には良く分からなかった。ただ監督の父親、監督ともに、その語りの背後に見え隠れするアメリカ的傲慢さに辟易した。
「飛行機雲(クラーク空軍基地)」は長くて寝た。冗長で疲れた。もっと切れるんじゃ…
「川の抱擁」結構好き。作品としてバランスが良いと思った。
連続して濃いドキュメンタリー映画を観るのは想像以上に疲れるんだなー、と。
そして、やっぱこれは来てよかったなーと。可能なかぎり今後も行きたい。学べる。かなり。方向性が見えるというか。全体の。香味庵も人間模様が面白かった。お会いしてみたかった人たちに会える場所があるというのは贅沢な事だ。
とりあえず、こんな感じ。もっと色々あったんだけど、それについては、またいつか…
もう少し頭の中で整理して今のドキュメンタリー映画の「傾向」を書けたらいいんだけど…
まずは何か仕事探さねーと…
香味庵で飲んで疲れきった後のホテルにて。蔵王温泉で購入した「ZAWO」Tシャツを着て。
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Oct 17, 2011
Oct 5, 2011
After Jon Jost, Before Yamagata
土日の二日間、Jon Jostのワークショップに参加。
土曜は、渋谷界隈にて撮影をする。iPhoneで。一人で。ワークショップを20時頃に離脱し、D、Dの友達、Mさんと桜新町で飲み。起業家2人の話を聞いていて、久しぶりにMOTとかを勉強していた頃を思い出した。ビジネスマインド。かけ離れてしまってから結構時間が経ったので、新鮮だった。その「感じ」の場所にチューニングするまでに時間がかかった。
飲み会が終わって朝方から数時間かけて1分くらいのものを編集して作る。
安易なコンセプトものだったが、体験としては面白いものだった。土曜日の夕方に、2時間くらい「丸い物」を探して撮影しながら渋谷界隈を歩きまわっていたのはきっと自分だけだっただろう。
日曜はワークショップの参加者の方達がそれぞれ仕上げてきた作品を観て講評。
人それぞれ全く違った個性が出ていて面白かった。が、それと同時に、日本人は「教え」から逸脱したものを作る人が少ないなーとも感じた。
日曜はワークショップ後の飲み会に参加。そのままの流れでF監督と朝まで飲む。色々と話した気がするが、あまり覚えていない…とにかく映画についての話ばかりしていた気がするが、映画の話に興味があまりないため、なんか生意気に失礼な事を言いまくっていたかもしれない。。
月曜はJon Jost「パッサージュ」を観に行く予定が、土日の寝不足&アルコール摂り過ぎのために体調を崩しダウン。とにかく寝るしかねえと思い、日曜月曜と死んだように惰眠をむさぼる。なんとか持ち直して今。今日の深夜に、新宿発の夜行バスに乗って山形に向かう。7泊する予定。
ワークショップの後、試しに「夢のなかのイメージ」を作ってみた。
こーゆうものを今後作る事は恐らくないと思うが、編集や撮影についての自由度は広げられた気がする。
ただ、決定的に自分とは違うなーと思ったのは、自分はドキュメンタリー映画を観るときに「美しさ」は全然重視しないという事なのかもしれない。いや、美しい映像が嫌いという事ではなくて大好きなのだけど、別に手持ちブレブレの美しくない映像であっても全く不快な気分にはならない。何故なんだろう。美的感覚に不感症なのだろうか。もしかしたら「美しい」という事がある意味で無条件に「良い」とされている状況そのものに対して懐疑的なのかもしれない。
映像と音の表現における、「美しさ」については、全く考察する興味を今まで持っていなかったので、もう一度考えてみるいいきっかけとして捉えてみようと思う。
「CIRCLE in Shibuya」
「Drawing in Your Dream」
追記:YIDFF情報があまりに得られないため、twitter再開。アカウントはkawakami_takuya。このアカウントが一時的になるか恒久的になるかは未定。とりあえず自覚的に情報=命令の奴隷と化す。
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土曜は、渋谷界隈にて撮影をする。iPhoneで。一人で。ワークショップを20時頃に離脱し、D、Dの友達、Mさんと桜新町で飲み。起業家2人の話を聞いていて、久しぶりにMOTとかを勉強していた頃を思い出した。ビジネスマインド。かけ離れてしまってから結構時間が経ったので、新鮮だった。その「感じ」の場所にチューニングするまでに時間がかかった。
飲み会が終わって朝方から数時間かけて1分くらいのものを編集して作る。
安易なコンセプトものだったが、体験としては面白いものだった。土曜日の夕方に、2時間くらい「丸い物」を探して撮影しながら渋谷界隈を歩きまわっていたのはきっと自分だけだっただろう。
日曜はワークショップの参加者の方達がそれぞれ仕上げてきた作品を観て講評。
人それぞれ全く違った個性が出ていて面白かった。が、それと同時に、日本人は「教え」から逸脱したものを作る人が少ないなーとも感じた。
日曜はワークショップ後の飲み会に参加。そのままの流れでF監督と朝まで飲む。色々と話した気がするが、あまり覚えていない…とにかく映画についての話ばかりしていた気がするが、映画の話に興味があまりないため、なんか生意気に失礼な事を言いまくっていたかもしれない。。
月曜はJon Jost「パッサージュ」を観に行く予定が、土日の寝不足&アルコール摂り過ぎのために体調を崩しダウン。とにかく寝るしかねえと思い、日曜月曜と死んだように惰眠をむさぼる。なんとか持ち直して今。今日の深夜に、新宿発の夜行バスに乗って山形に向かう。7泊する予定。
ワークショップの後、試しに「夢のなかのイメージ」を作ってみた。
こーゆうものを今後作る事は恐らくないと思うが、編集や撮影についての自由度は広げられた気がする。
ただ、決定的に自分とは違うなーと思ったのは、自分はドキュメンタリー映画を観るときに「美しさ」は全然重視しないという事なのかもしれない。いや、美しい映像が嫌いという事ではなくて大好きなのだけど、別に手持ちブレブレの美しくない映像であっても全く不快な気分にはならない。何故なんだろう。美的感覚に不感症なのだろうか。もしかしたら「美しい」という事がある意味で無条件に「良い」とされている状況そのものに対して懐疑的なのかもしれない。
映像と音の表現における、「美しさ」については、全く考察する興味を今まで持っていなかったので、もう一度考えてみるいいきっかけとして捉えてみようと思う。
「CIRCLE in Shibuya」
「Drawing in Your Dream」
追記:YIDFF情報があまりに得られないため、twitter再開。アカウントはkawakami_takuya。このアカウントが一時的になるか恒久的になるかは未定。とりあえず自覚的に情報=命令の奴隷と化す。
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Sep 30, 2011
ドキュメンタリーについての散漫な試論
YIDFF2001における、審査員としての佐藤真の言葉
「ドキュメンタリーは、世界を批判的に映し出す鏡である。社会変革の道具や政治的主張のための武器としてではなく、あくまでも冷徹に世界のあり方を見つめ続けていくことによる「映像表現による批評行為」である。これが、ドキュメンタリー作家としての私のささやかな指針である。したがってその批評性とは、“真実”などは存在しないこと、現実は既にフィクションを内包していることに鋭敏に反応せざるをえないだろう。たとえ無垢な現実の断片がフィルムに映し出されたところで、それを再構成することで映画は紛れもなくフィクションになる。ドキュメンタリーの批評性とは、そうやって再構成されたフィクションが、当の現実をどの様に批判的に映し出すかによって係わっていると私は考える。」
この文章をたまたま久しぶりに読んで、思った事をツラツラと書いてみたい。この文章では推敲は極力さけるので、色んなところに寄り道するかもしれない。それをそのまま、この私的(そして恐ろしくも無限大に公的な)メディアに記録するという意味で、散漫な試論とタイトルをつけよう。
この佐藤真の文章は、ドキュメンタリー映画に関わる「日本人」としては余りに有名であるが、非常に端的に、そして明快に、彼が捉えていたドキュメンタリー映画の本質を表しており、且つ、佐藤真以降のドキュメンタリー作家達が(敢えて批評家は除こう)一種の呪縛とも言うべき粘度でもって、反芻させられてきた文章でもあると思う。
これは、個人の認知限界の話でもある。ドキュメンタリーにおいては、「神の視点」は存在しない。ここで言う「神の視点」とは何か。
フィクション映画で構築される世界では、作家そのものが一種の「神の視点」として機能する。
そこでは、現実を虚構化したものが、つまりは、現実を、「その作品内世界における神の視点を持つ監督」が、あらゆる手段(脚本、役者、美術、照明その他全て)を用いて虚構化した世界が映しだされる(その中にもドキュメンタリー性は含まれはするものの)。フィクション映画において「監督」と呼ばれているその人は、その現場において、その作品世界内における全てを把握し、制御することの【許されている】全知の神、あるいは、それを志向している存在だ(もちろん、この監督=神という立場の脱構築を図ってきた作家も存在するが、諏訪監督とかね)。撮影対象が虚構化された現実である限りにおいて、監督は神の視点を持つことが出来る。
しかし、ドキュメンタリーにおいては、作家は「神の視点」を持ち得ない。ドキュメンタリー作家は、撮影現場において、実名の、認知限界を持つ感覚器官の統合体として、現実に内包された状態で存在する。その撮影対象は虚構化されていないため(正確には、その虚構化の程度がフィクションと比較して極端に小さいため)、ドキュメンタリー作家はやはり神の視点を持ち得ない。もしくは、神の視点を持ちながらその世界を「制御」していく事が存在として【許されていない】。ドキュメンタリーにおいて、作家が撮影対象を「制御」することを「演出」と呼ぶとすれば、その「制御能力の高さ」=「演出力の高さ」となってしまう。撮影現場(それは、その場に存在している光や音、被写体となっている人間、そしてスタッフ含め)を制御することを志向する作家は、いずれその制御力拡大の欲望から逃れられなくなり、結果としてフィクション作家への道を進んでいくのではないだろうか(例えば、是枝裕和や河瀬直美という偉大な監督は、そういったタイプだと分類出来るかもしれない。一応エクスキューズしておくが、私は両監督を尊敬している)。
ドキュメンタリー作家は恐らくは、「現実」を「制御」する権限を持たない。自己が現実に内包されており、虚構化も許されない実世界において、ドキュメンタリー作家は、「真実などは存在しないこと」「現実は既にフィクションを内包していること」を常に敏感に意識しながら、対象を批評的によく「見ること」しか出来ない。どれだけ「見ること」が出来るか。それがドキュメンタリー作家に問われる第一の資質だ。土本典昭や小川紳介といった偉大なドキュメンタリー作家たちの作品を見なおしてみても、現場において監督含むスタッフ達が、如何に「見ること」に長けていたかを実感する。
これを、「誰にでも分かる」テーゼとしてクレバーに提唱し直し・実践しているのが想田和弘という作家なのかもしれない。参与観察(作家自身がその撮影現場にいるという事実を前提とし、それによって変容した現実そのものを観察する)とは、そもそもドキュメンタリーを撮る者にとっては、いわば「前提」と言えるような態度である。しかしながら、そのようなドキュメンタリーにおける本質的な問題は、普段ドキュメンタリーについて考察する機会のなかった人達(これはつまりは、9割以上を占める観客と言えるが)にとってはある種の目新しさがある。それを自らの作品と、説得性の高い言葉によって、ある種「啓蒙」しているのが想田和弘という作家ではないだろうか。ドキュメンタリー映画という、産業としては弱小中の弱小である世界が、広く一般に誤解なく普及するためには、まさしく想田のような存在が必要不可欠だろう。ありがたい、と思いはすれ、んなことはみんな分かってやって来たのに何を今さら偉そうに、などという嫉妬混じりの発言はする気になれない。そういう事を言説化した上で、間口を開いていく努力をしてこなかった結果が、今のドキュメンタリー映画産業において「ドキュメンタリー映画じゃ食えないよ」というクリシェを安酒片手にニヒルな態度で下の世代に語ってきた者たちの、問われるべき責任ではなかったか。
冒頭の佐藤真の言葉に戻ろう。
たった一年間ドキュメンタリー映画に関わった人間としては、この言葉において実感として理解出来る部分もあるが、不明な部分もある。
「…映像表現による批評行為」というものは、そのまま、その通りだと思う。
「“真実”などは存在しないこと」「現実は既にフィクション性を内包していること」
この二点については、ドキュメンタリーというもの以前に、リテラシーというレベルで常に認識せざるを得ない時代に育ったと自己分析しているため、深く理解している。
「たとえ無垢な現実の断片がフィルムに映し出されたところで、それを再構成することで映画は紛れもなくフィクションになる。」
これも、撮影し、編集する、という行為を何度か実践した後になっては、実感として理解出来る。
さて、問題は最後の一文である。
「ドキュメンタリーの批評性とは、そうやって再構成されたフィクションが、当の現実をどの様に批判的に映し出すかによって係わっていると私は考える。」
佐藤真は、ここで「現実を『批判的に映し出す』」と書いた。
現時点で自分に分からないのはこの一点に尽きる。現実を批評的に、冷徹に見続ける眼差しが、ドキュメンタリー映画を作品として成立されられるかどうかの芯を左右するのは分かるが、2011年という、この時代において、「批判的」に映し出すことの意義とは何だろう。何故、「批判的」という言葉を用いたのだろう。
私は、現実を「批評的」に見る事には一点の曇もなく同意する。
ドキュメンタリー映画が担う役割があるとすれば、まさしくそこに尽きるのではないかとすら思う。
しかし、何故、「批判的」という言葉がこの文章の冒頭と締めくくりに2度使われたのか。
というのは、私はドキュメンタリー映画というものが、現実を「肯定的に」映し出すことにも大いに意義を見出すからだ。むしろ、3.11以降の日本において何かを撮るという行為においては、「批判的」な眼差しよりも「肯定的」な眼差しの方が重要かもしれないとすら思う。
どれだけ自分がやれるかは、未だに全く分からないが、「ドキュメンタリー映画」というものが、何かそこにある現実の一部を「肯定的」に映し出すことによって、同時にそこにある世界に対して強烈な「批評性」を持つことが可能だろうと考える。
批判的に物事を捉えるよりも、肯定的に捉えるという姿勢が、今、失われつつあるもの、そして寄り添っていくべきものであるような気がするのだ。
-------------------------------------------------------------------------------------------
今、佐々木中「切りとれ、あの祈る手を」を読み直している。
思想の本ではあるものの、非常に読みやすいので、色んな人にオススメ。その中のニーチェの引用を。
※ちなみに東浩紀および福嶋亮大は、この本および佐々木中を痛烈に批判した。
「おお、諸君世界政策の大都会にすむ哀れな奴よ。諸君若くして才能に恵まれ、名誉心に苦しめられている人々よ。諸君は、あらゆる出来事に−しょっちゅう何かしらが起こるのだから−一言するのを義務と心得ている!諸君は、こういう風にして埃をたてて騒げば、歴史の車になると信じている!諸君は、いつも耳を澄まし、いつも一言投げ入れることができる機会をねらっているから、真の生産力をすっかり失くす!よしんば諸君がどんなに大事業を切望しようとも、懐妊の深い寡黙は、決して諸君のもとに来はしない!時代の出来事が、諸君を籾殻のように追っていく。諸君は出来事を追っているつもりなのに。」
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「ドキュメンタリーは、世界を批判的に映し出す鏡である。社会変革の道具や政治的主張のための武器としてではなく、あくまでも冷徹に世界のあり方を見つめ続けていくことによる「映像表現による批評行為」である。これが、ドキュメンタリー作家としての私のささやかな指針である。したがってその批評性とは、“真実”などは存在しないこと、現実は既にフィクションを内包していることに鋭敏に反応せざるをえないだろう。たとえ無垢な現実の断片がフィルムに映し出されたところで、それを再構成することで映画は紛れもなくフィクションになる。ドキュメンタリーの批評性とは、そうやって再構成されたフィクションが、当の現実をどの様に批判的に映し出すかによって係わっていると私は考える。」
この文章をたまたま久しぶりに読んで、思った事をツラツラと書いてみたい。この文章では推敲は極力さけるので、色んなところに寄り道するかもしれない。それをそのまま、この私的(そして恐ろしくも無限大に公的な)メディアに記録するという意味で、散漫な試論とタイトルをつけよう。
この佐藤真の文章は、ドキュメンタリー映画に関わる「日本人」としては余りに有名であるが、非常に端的に、そして明快に、彼が捉えていたドキュメンタリー映画の本質を表しており、且つ、佐藤真以降のドキュメンタリー作家達が(敢えて批評家は除こう)一種の呪縛とも言うべき粘度でもって、反芻させられてきた文章でもあると思う。
これは、個人の認知限界の話でもある。ドキュメンタリーにおいては、「神の視点」は存在しない。ここで言う「神の視点」とは何か。
フィクション映画で構築される世界では、作家そのものが一種の「神の視点」として機能する。
そこでは、現実を虚構化したものが、つまりは、現実を、「その作品内世界における神の視点を持つ監督」が、あらゆる手段(脚本、役者、美術、照明その他全て)を用いて虚構化した世界が映しだされる(その中にもドキュメンタリー性は含まれはするものの)。フィクション映画において「監督」と呼ばれているその人は、その現場において、その作品世界内における全てを把握し、制御することの【許されている】全知の神、あるいは、それを志向している存在だ(もちろん、この監督=神という立場の脱構築を図ってきた作家も存在するが、諏訪監督とかね)。撮影対象が虚構化された現実である限りにおいて、監督は神の視点を持つことが出来る。
しかし、ドキュメンタリーにおいては、作家は「神の視点」を持ち得ない。ドキュメンタリー作家は、撮影現場において、実名の、認知限界を持つ感覚器官の統合体として、現実に内包された状態で存在する。その撮影対象は虚構化されていないため(正確には、その虚構化の程度がフィクションと比較して極端に小さいため)、ドキュメンタリー作家はやはり神の視点を持ち得ない。もしくは、神の視点を持ちながらその世界を「制御」していく事が存在として【許されていない】。ドキュメンタリーにおいて、作家が撮影対象を「制御」することを「演出」と呼ぶとすれば、その「制御能力の高さ」=「演出力の高さ」となってしまう。撮影現場(それは、その場に存在している光や音、被写体となっている人間、そしてスタッフ含め)を制御することを志向する作家は、いずれその制御力拡大の欲望から逃れられなくなり、結果としてフィクション作家への道を進んでいくのではないだろうか(例えば、是枝裕和や河瀬直美という偉大な監督は、そういったタイプだと分類出来るかもしれない。一応エクスキューズしておくが、私は両監督を尊敬している)。
ドキュメンタリー作家は恐らくは、「現実」を「制御」する権限を持たない。自己が現実に内包されており、虚構化も許されない実世界において、ドキュメンタリー作家は、「真実などは存在しないこと」「現実は既にフィクションを内包していること」を常に敏感に意識しながら、対象を批評的によく「見ること」しか出来ない。どれだけ「見ること」が出来るか。それがドキュメンタリー作家に問われる第一の資質だ。土本典昭や小川紳介といった偉大なドキュメンタリー作家たちの作品を見なおしてみても、現場において監督含むスタッフ達が、如何に「見ること」に長けていたかを実感する。
これを、「誰にでも分かる」テーゼとしてクレバーに提唱し直し・実践しているのが想田和弘という作家なのかもしれない。参与観察(作家自身がその撮影現場にいるという事実を前提とし、それによって変容した現実そのものを観察する)とは、そもそもドキュメンタリーを撮る者にとっては、いわば「前提」と言えるような態度である。しかしながら、そのようなドキュメンタリーにおける本質的な問題は、普段ドキュメンタリーについて考察する機会のなかった人達(これはつまりは、9割以上を占める観客と言えるが)にとってはある種の目新しさがある。それを自らの作品と、説得性の高い言葉によって、ある種「啓蒙」しているのが想田和弘という作家ではないだろうか。ドキュメンタリー映画という、産業としては弱小中の弱小である世界が、広く一般に誤解なく普及するためには、まさしく想田のような存在が必要不可欠だろう。ありがたい、と思いはすれ、んなことはみんな分かってやって来たのに何を今さら偉そうに、などという嫉妬混じりの発言はする気になれない。そういう事を言説化した上で、間口を開いていく努力をしてこなかった結果が、今のドキュメンタリー映画産業において「ドキュメンタリー映画じゃ食えないよ」というクリシェを安酒片手にニヒルな態度で下の世代に語ってきた者たちの、問われるべき責任ではなかったか。
冒頭の佐藤真の言葉に戻ろう。
たった一年間ドキュメンタリー映画に関わった人間としては、この言葉において実感として理解出来る部分もあるが、不明な部分もある。
「…映像表現による批評行為」というものは、そのまま、その通りだと思う。
「“真実”などは存在しないこと」「現実は既にフィクション性を内包していること」
この二点については、ドキュメンタリーというもの以前に、リテラシーというレベルで常に認識せざるを得ない時代に育ったと自己分析しているため、深く理解している。
「たとえ無垢な現実の断片がフィルムに映し出されたところで、それを再構成することで映画は紛れもなくフィクションになる。」
これも、撮影し、編集する、という行為を何度か実践した後になっては、実感として理解出来る。
さて、問題は最後の一文である。
「ドキュメンタリーの批評性とは、そうやって再構成されたフィクションが、当の現実をどの様に批判的に映し出すかによって係わっていると私は考える。」
佐藤真は、ここで「現実を『批判的に映し出す』」と書いた。
現時点で自分に分からないのはこの一点に尽きる。現実を批評的に、冷徹に見続ける眼差しが、ドキュメンタリー映画を作品として成立されられるかどうかの芯を左右するのは分かるが、2011年という、この時代において、「批判的」に映し出すことの意義とは何だろう。何故、「批判的」という言葉を用いたのだろう。
私は、現実を「批評的」に見る事には一点の曇もなく同意する。
ドキュメンタリー映画が担う役割があるとすれば、まさしくそこに尽きるのではないかとすら思う。
しかし、何故、「批判的」という言葉がこの文章の冒頭と締めくくりに2度使われたのか。
というのは、私はドキュメンタリー映画というものが、現実を「肯定的に」映し出すことにも大いに意義を見出すからだ。むしろ、3.11以降の日本において何かを撮るという行為においては、「批判的」な眼差しよりも「肯定的」な眼差しの方が重要かもしれないとすら思う。
どれだけ自分がやれるかは、未だに全く分からないが、「ドキュメンタリー映画」というものが、何かそこにある現実の一部を「肯定的」に映し出すことによって、同時にそこにある世界に対して強烈な「批評性」を持つことが可能だろうと考える。
批判的に物事を捉えるよりも、肯定的に捉えるという姿勢が、今、失われつつあるもの、そして寄り添っていくべきものであるような気がするのだ。
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今、佐々木中「切りとれ、あの祈る手を」を読み直している。
思想の本ではあるものの、非常に読みやすいので、色んな人にオススメ。その中のニーチェの引用を。
※ちなみに東浩紀および福嶋亮大は、この本および佐々木中を痛烈に批判した。
「おお、諸君世界政策の大都会にすむ哀れな奴よ。諸君若くして才能に恵まれ、名誉心に苦しめられている人々よ。諸君は、あらゆる出来事に−しょっちゅう何かしらが起こるのだから−一言するのを義務と心得ている!諸君は、こういう風にして埃をたてて騒げば、歴史の車になると信じている!諸君は、いつも耳を澄まし、いつも一言投げ入れることができる機会をねらっているから、真の生産力をすっかり失くす!よしんば諸君がどんなに大事業を切望しようとも、懐妊の深い寡黙は、決して諸君のもとに来はしない!時代の出来事が、諸君を籾殻のように追っていく。諸君は出来事を追っているつもりなのに。」
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Sep 22, 2011
思考の断片的なもの(考えるために書く行為の記録)
・システム工学分野におけるシステムの定義
「機能が異なる複数の要素が密接に関係し合うことで、全体として多くの機能を発揮する集合体」
・ギー・ドゥボール
「映画の機能は、劇作品であれドキュメンタリーであれ、孤立した偽の一貫性を、そこに存在しないコミュニケーションや活動に代わるものとして差し出すことである」
時代性を全く無視した『私の表現』がメインのドキュメンタリーには、今は興味が沸かない。セルフドキュメンタリーに興味がない訳ではない。その自己の存在自体を時代性の中で自身が批評的に捉えられているならば。ただ、時代性だけで作品成立を担保している映画もそれほど面白いと思えない。相反するように思えるが、何故今撮らなければいけないのかという問いと共に、表現としていつどこで観られても耐えられる普遍性を獲得しているかという問いがあり、その2つの問いに答えられる作り方をしたい。時代性と普遍性が両立するものをどうにか作るには…短期間で消費されるものをドキュメンタリー映画として作っても仕方がない。将来的に「この時代」が映っているという事で普遍性を獲得する。というのではなく、現時点で何かしらの普遍性を獲得しているもの。しかも現在に正面から向き合いきちんと批評的に捉えているものを作りたい。まず、これが一つの、今の自分の正直な前提としてある。
自分が好きなドキュメンタリーを考える。そこには人間が映っていると共に、何かしら構造と呼ばれるようなものも映っている。それはシステムと言い換えてもほぼ問題ない。人間に入り込む中で構造が見えてくるもの、構造を正確に捉えていくなかで人間が浮かびあがるもの、その両者を並行的にバランスを取って編集して成功しているもの。基本的にはこの3パターンが王道としてあると思う。時代性とは恐らくまず何かしらの構造の中に隠されているものであり、普遍性は恐らく人間の中に潜んでいる。例外は多々あるだろうが、とりあえずはこの仮定の下で考えを進めたい。
ここまでまとめ。成立条件:時代性・普遍性の両立。時代性=構造。普遍性=人間。
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※この観点でMAKING of MANGAを自己批評してみる※
MAKING of MANGAで映っているものはマンガ執筆のディテール(=物質の変化)。その作品を執筆する新人漫画家の現在置かれた状況。その2つだった。新人として何かを作っている人間としてのある種の普遍性は、かろうじて映っていると言ったとしても、明らかに構造の部分が足りていない。そのため、時代性が捨てられている。また、人間の「変化」も捉えられていない。「マンガ原稿」というものが出来るまでは、単純に「頑張ってずっと撮影する」という方法によって撮れているが、「マンガ単行本」という商品が出来るまでは正確には映せていない。そのため、「制作」の構造が映画に取り込まれていない。構造を映すためには一人の人間を撮るだけでは不可能だ。構造(=システム)の定義の通り、そこには「異なる複数の要素」が存在しなければならない。そして、その要素同士が「密接に関係しあって」いなければならない。つまり、構造をMAKING of MANGAに取り込むためには、漫画家と担当編集者の関わりと、マンガ雑誌そのもののデザインをしている編集長の言葉がなければいけないという事だ。そこが圧倒的に弱いために、構造が映っていない。ここの構造がもっと明確に提示されていれば、その構造の中で動く要素としての漫画家その人の心情の吐露のシーンがより生きてくるはずなのだ。その点が「物足りない」という事になる。
もう一つ、人間の変化が捉えられていない部分に関して。これは、スタッフ全員がその変化を発見する目を現場で持ち得ていなかったこと(そこに意識が向いていなかったこと)が原因だろう。
MAKING of MANGAを作り始める時に、この構造をどう入れ込むかという部分について、十分に明確な考えを持てていなかった構成者(=おれ)に問題があったと言える。これは批判される一つの要因となる。30分という尺の中で、どう構造を落としこむのか、がもう少し明確になっていれば、もしかしたら両立出来たかもしれないのだ。修了制作として提示された「出来るまで課題」として作品を作ったという態度そのものを、今、もう一度反省する必要がある。結果として、「出来るまで作品として」ある一定の完成度を持ったが、「ドキュメンタリー作品として」は、やはり時代性というものが圧倒的に欠けているのだ。作り手側の「これは出来るまで課題として制作された作品で…」というエクスキューズは、観客には興味がない。
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人間が映っているかどうかは、恐らく現場にかかっている。現場のキャメラマンの目であり、監督やスタッフの発見。その中で対象との関係性を築けているか。その次に、ある種冷めた目で抑制的に対象を見ることが出来るかどうかだと思う。対象の言っている事に共感する部分と批判的な部分とを健全に持ちつつも、どこか「この人は、こういう事を、こういう表情で、こういう口調で、言っている」というだけの目を常に持ち続けられるかどうかにかかっている。気をつけるべきは、この人の言っている事が全て正しいとも、全て間違っているとも思わない態度を持ち続けることだ。全く正しい人も、全く間違っている人も、きっといないのだ。自分と同じ考えの人と、異なる考えの人がいるだけ。それを忘れたら恐らく人間を見たと言うことは出来ないはずだ。そこにあるのは、ただ、「この立場の人間が、こういう事を言っている」という事実性だけだ。
人間は知識では映せないのだろうと思う。人間をきちんと見るためには、誠実な態度、相手の人生に対する愛が必要だ。逆に言えば、それさえきちんと持ち続けていれば、自分の作品の表現として人間を「使う」ような撮り方にはならず、冷静に人間を見つめる眼差しを持てるはずだ。
構造を映せるかどうか。これは人間を見る目とは少し違った、理性や知性の領域の問題だろうと思う。
時代性を表象しているものが構造だとすれば、構造を作り手として批評的に見るためには知識が必要だ。他のあらゆる構造について知り、自分が対象に選択した構造そのものと比較した上で考察出来る知性が必要になってくる。そのためには、歴史を学ばなければならないだろう。特にドキュメンタリー映画は長い視点で構造を捉えることが出来る貴重な表現のはずだから、あらゆる目の前の問題を、分母の大きい時間軸の中で、また体積の大きい空間の中で、その都度捉え直していく知性が必要になるのだと思う。
やるべき事は、まだまだたくさんあるのだ。
きっと、こういう事は色んな本にもっと明確に考察されているのだろうと思うが、今は、自分だけで一から考え直したい気分。本で読んでなるほどーと思った事は、なんか、結構忘れちゃう。でも自分で一から考えて、その後同じような事を書いてる本を読むと、一生忘れない。
追記:
最も単純に書くとこういうイメージ。このイメージでとりあえず考えてるのがこの文章。
点が人間。人間はそのものは時間関数。そのものが変化する。その個人の変化によって周りとの関係が変化する。それによって赤線が描く形が変わる。赤線の形が時代。外側の丸が「世界」。世界は人間にも時代にも関係ない不変の何かとして存在している。本当は人間という時代(=赤線の形=構造)を構成する一つの要素自体の形もバラバラで点だけではないし、要素間を結びつけているのは方向性を持ったベクトルだし、そのベクトルには関係性の強さという意味で太さがある。きっと、インターネット以前/以後で時代を分けられると考えると、以前の段階では小さいネットワーククラスタが無数にある世界だったのが、以後ではクラスタ間がほぼ無関係に繋がったのだと思う。線が一気に増えたため、形=時代が把握しづらくなっている。でもその線は以前に描かれていた線より恐らく細いもので、これが今後太くなっていくのか、切れたり繋がったりして細いままなのかが、多分2010年代に明らかになっていくことだと思う。
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「機能が異なる複数の要素が密接に関係し合うことで、全体として多くの機能を発揮する集合体」
・ギー・ドゥボール
「映画の機能は、劇作品であれドキュメンタリーであれ、孤立した偽の一貫性を、そこに存在しないコミュニケーションや活動に代わるものとして差し出すことである」
時代性を全く無視した『私の表現』がメインのドキュメンタリーには、今は興味が沸かない。セルフドキュメンタリーに興味がない訳ではない。その自己の存在自体を時代性の中で自身が批評的に捉えられているならば。ただ、時代性だけで作品成立を担保している映画もそれほど面白いと思えない。相反するように思えるが、何故今撮らなければいけないのかという問いと共に、表現としていつどこで観られても耐えられる普遍性を獲得しているかという問いがあり、その2つの問いに答えられる作り方をしたい。時代性と普遍性が両立するものをどうにか作るには…短期間で消費されるものをドキュメンタリー映画として作っても仕方がない。将来的に「この時代」が映っているという事で普遍性を獲得する。というのではなく、現時点で何かしらの普遍性を獲得しているもの。しかも現在に正面から向き合いきちんと批評的に捉えているものを作りたい。まず、これが一つの、今の自分の正直な前提としてある。
自分が好きなドキュメンタリーを考える。そこには人間が映っていると共に、何かしら構造と呼ばれるようなものも映っている。それはシステムと言い換えてもほぼ問題ない。人間に入り込む中で構造が見えてくるもの、構造を正確に捉えていくなかで人間が浮かびあがるもの、その両者を並行的にバランスを取って編集して成功しているもの。基本的にはこの3パターンが王道としてあると思う。時代性とは恐らくまず何かしらの構造の中に隠されているものであり、普遍性は恐らく人間の中に潜んでいる。例外は多々あるだろうが、とりあえずはこの仮定の下で考えを進めたい。
ここまでまとめ。成立条件:時代性・普遍性の両立。時代性=構造。普遍性=人間。
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※この観点でMAKING of MANGAを自己批評してみる※
MAKING of MANGAで映っているものはマンガ執筆のディテール(=物質の変化)。その作品を執筆する新人漫画家の現在置かれた状況。その2つだった。新人として何かを作っている人間としてのある種の普遍性は、かろうじて映っていると言ったとしても、明らかに構造の部分が足りていない。そのため、時代性が捨てられている。また、人間の「変化」も捉えられていない。「マンガ原稿」というものが出来るまでは、単純に「頑張ってずっと撮影する」という方法によって撮れているが、「マンガ単行本」という商品が出来るまでは正確には映せていない。そのため、「制作」の構造が映画に取り込まれていない。構造を映すためには一人の人間を撮るだけでは不可能だ。構造(=システム)の定義の通り、そこには「異なる複数の要素」が存在しなければならない。そして、その要素同士が「密接に関係しあって」いなければならない。つまり、構造をMAKING of MANGAに取り込むためには、漫画家と担当編集者の関わりと、マンガ雑誌そのもののデザインをしている編集長の言葉がなければいけないという事だ。そこが圧倒的に弱いために、構造が映っていない。ここの構造がもっと明確に提示されていれば、その構造の中で動く要素としての漫画家その人の心情の吐露のシーンがより生きてくるはずなのだ。その点が「物足りない」という事になる。
もう一つ、人間の変化が捉えられていない部分に関して。これは、スタッフ全員がその変化を発見する目を現場で持ち得ていなかったこと(そこに意識が向いていなかったこと)が原因だろう。
MAKING of MANGAを作り始める時に、この構造をどう入れ込むかという部分について、十分に明確な考えを持てていなかった構成者(=おれ)に問題があったと言える。これは批判される一つの要因となる。30分という尺の中で、どう構造を落としこむのか、がもう少し明確になっていれば、もしかしたら両立出来たかもしれないのだ。修了制作として提示された「出来るまで課題」として作品を作ったという態度そのものを、今、もう一度反省する必要がある。結果として、「出来るまで作品として」ある一定の完成度を持ったが、「ドキュメンタリー作品として」は、やはり時代性というものが圧倒的に欠けているのだ。作り手側の「これは出来るまで課題として制作された作品で…」というエクスキューズは、観客には興味がない。
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人間が映っているかどうかは、恐らく現場にかかっている。現場のキャメラマンの目であり、監督やスタッフの発見。その中で対象との関係性を築けているか。その次に、ある種冷めた目で抑制的に対象を見ることが出来るかどうかだと思う。対象の言っている事に共感する部分と批判的な部分とを健全に持ちつつも、どこか「この人は、こういう事を、こういう表情で、こういう口調で、言っている」というだけの目を常に持ち続けられるかどうかにかかっている。気をつけるべきは、この人の言っている事が全て正しいとも、全て間違っているとも思わない態度を持ち続けることだ。全く正しい人も、全く間違っている人も、きっといないのだ。自分と同じ考えの人と、異なる考えの人がいるだけ。それを忘れたら恐らく人間を見たと言うことは出来ないはずだ。そこにあるのは、ただ、「この立場の人間が、こういう事を言っている」という事実性だけだ。
人間は知識では映せないのだろうと思う。人間をきちんと見るためには、誠実な態度、相手の人生に対する愛が必要だ。逆に言えば、それさえきちんと持ち続けていれば、自分の作品の表現として人間を「使う」ような撮り方にはならず、冷静に人間を見つめる眼差しを持てるはずだ。
構造を映せるかどうか。これは人間を見る目とは少し違った、理性や知性の領域の問題だろうと思う。
時代性を表象しているものが構造だとすれば、構造を作り手として批評的に見るためには知識が必要だ。他のあらゆる構造について知り、自分が対象に選択した構造そのものと比較した上で考察出来る知性が必要になってくる。そのためには、歴史を学ばなければならないだろう。特にドキュメンタリー映画は長い視点で構造を捉えることが出来る貴重な表現のはずだから、あらゆる目の前の問題を、分母の大きい時間軸の中で、また体積の大きい空間の中で、その都度捉え直していく知性が必要になるのだと思う。
やるべき事は、まだまだたくさんあるのだ。
きっと、こういう事は色んな本にもっと明確に考察されているのだろうと思うが、今は、自分だけで一から考え直したい気分。本で読んでなるほどーと思った事は、なんか、結構忘れちゃう。でも自分で一から考えて、その後同じような事を書いてる本を読むと、一生忘れない。
追記:
最も単純に書くとこういうイメージ。このイメージでとりあえず考えてるのがこの文章。
点が人間。人間はそのものは時間関数。そのものが変化する。その個人の変化によって周りとの関係が変化する。それによって赤線が描く形が変わる。赤線の形が時代。外側の丸が「世界」。世界は人間にも時代にも関係ない不変の何かとして存在している。本当は人間という時代(=赤線の形=構造)を構成する一つの要素自体の形もバラバラで点だけではないし、要素間を結びつけているのは方向性を持ったベクトルだし、そのベクトルには関係性の強さという意味で太さがある。きっと、インターネット以前/以後で時代を分けられると考えると、以前の段階では小さいネットワーククラスタが無数にある世界だったのが、以後ではクラスタ間がほぼ無関係に繋がったのだと思う。線が一気に増えたため、形=時代が把握しづらくなっている。でもその線は以前に描かれていた線より恐らく細いもので、これが今後太くなっていくのか、切れたり繋がったりして細いままなのかが、多分2010年代に明らかになっていくことだと思う。
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Sep 20, 2011
修了作品上映会から3日ー気持ちの整理と、週末の備忘
先週の16日金曜日に、2010年度映画美学校ドキュメンタリーコース初等科の修了作品上映会があった。
オーディトリウム渋谷という映画館で、同期たちの作品も含め4作品が上映された。
・糸とともに〜「さをり織り」たて糸づくり・織り・仕立て〜
・Globes:
・浜辺の巨大生命体へー大人の科学の挑戦ー
・MAKING of MANGA
この4作品が上映され、一つづつ講評して頂いた。
各作品の前に、まず代表者の簡単な挨拶があり、全ての上映が終わった後、山上徹二郎さん(シグロ代表・プロデューサー)、山崎裕さん(ドキュメンタリージャパン前代表取締役、カメラマン)、筒井武文さん(主任講師・監督)との3名での講評となった。
ここに詳細に書くことが出来ないほどの(それは、心理的に未だという意味で)、厳しい講評だった。あんなに張り詰めた空間を味わったのは久しぶりだった。劇場内の空気が「ピーン」という音を発しているように感じられた講評の1時間半。その場は「作り手」としてのガチの場であり、そこに一切のお世辞も、一切の馴れ合いも許されない場となった。
「糸とともに…」と「Globes:」に関しては、作り手としての態度や姿勢そのものが厳しく問われた。
「浜辺の…」に関してはF君のカメラワークがやはり是枝さんと同様に山崎さんから絶賛された。
3日経った今になっても、自分が関わったものではない作品の講評について、自分の意見でここに書けることはほとんど無い。が、一つだけ確信を持って書けるとすれば、山上さん、山崎さんが述べていた事は(これは以前の是枝さん、諏訪さんの講評でも同じだと思うが)、「自分には十分に理解出来た」という事だ。
約1年間ほど、「カメラとマイクの接続の仕方」みたいな、本当に基礎の基礎から映画作りというものを学ぶ苦楽を共にしてきて、その作品制作過程の紆余曲折を知っている同期の一人としても、あそこまでの酷評を聞いて、擁護したいとの気持ちが出たが、内容を真剣に聞いていて「それは違う!誤解だ!」と、真正面から対抗出来る事は、自分には無かった。プロデューサーとして、またカメラマンとして何十年と勝負してきている「プロ」達の講評の凄み、「作品」として何かを表現して世の中に出すということへの真摯な姿勢。尊敬する事しか無かった。
それが、本当に正直なところだ。
観客の前に「完成された作品」として出すという事。それをもっと考えろ。と全員、言われた気がする。
************************************************
その後の備忘録。
【金曜】
上映会後、何人かの人たちに声をかけてもらい、色々と話したりする。自宅に戻り、ツッチーと41氏とさとと飲む。
1時頃にさとが就寝。5時頃に41氏が就寝。そして11時頃まで、ツッチーと話す。
【土曜】
起床したら15時過ぎ。ダラっとする。夜飯にうどんを食いに行く。山上さんと山崎さんから言われた事を頭の中で整理する。41氏はもう一泊。「人生を背負う」という事は、どういう意味か。それは軽々しく口に出来る事なのか。などについて話す。今の自分に正直にあるしかないと結論する。
【日曜】
また15時頃起床。41氏帰宅。ダラっとする。スーパーに行く。唐揚げを食う。再度、色々と講評の事を考える。
【月曜】
基本はダラダラしながら、多少色々と整理がつく。やはり映画ではなく、今は社会と世界を見たいと思う。自分に圧倒的に足りないものは「長い目でものを見て考える」素養だろうと思う。映画が出来て100年とちょっと。映画の枠内だけで物事を考えていると思える言説が多すぎると感じる。腰を据えてじっくりモノを見る覚悟が自分には必要だと思う。「今」に敏感でいるために、ハイエナにはなりたくない。「今」の問題を、人間が抱える問題の普遍へと導く事が、きっとドキュメンタリーという表現には出来るはずだ。
************************************************
「MAKING of MANGA」の講評に関して。
メモしていた事をここにも備忘として書いておく。全体的に好意的な意見だったのでホッとした面もあったが、自分では一切気づいていなかった鋭い指摘を幾つか頂けて本当に良かった。
・山崎さん
「構成が、一年で何故ここまで見せられるのかというくらいに“変に”上手い。(まとまりすぎであまりそこが好きになれないというニュアンス含め)」
「撮影と構成が一つの方法論として一体的になっている。その設計が見事」
「ラストの作り手と被写体の共犯関係をバラしてしまうというカットは個人的に好きではない」
「テクニックと漫画家の人間とを見せていく構成のバランスが良い」
「執筆のテクニックを即物的に撮りすぎている面があるかもしれない。ストレートに執筆ではない、もっと漫画家自身の肉体の変化のようなものを現場で発見する目が必要だった。それが出来るかどうかにドキュメンタリーはかかっているのでは。そこに何かもう一つあったのでは。」
・山上さん
「ものを生み出す人の苦しみと喜びが垣間見えた」
「このような被写体との出会いは奇跡的で、一生にそう何度もあるものではない。その意味で、2作目をどうするのかを聞きたい。ドキュメンタリーを撮る事の幸せと不幸に出会ってしまったという事を自覚して欲しい。撮れてはいる。これからもこの被写体を撮り続けるべきかもしれない。その覚悟はあるか。その質問が出来るという意味では、一定の評価は出来る」
「音の構成は際立って良かった分、もっと映像から自由になっても良かったのでは」
「ドキュメンタリーを撮るという事は、人生を背負うことに近い行為だ」
・筒井さん(?)
「出来るまで作品として、よく出来ている」
「対象との関係性の変化がない。対象との距離感の一様さから、ある種の馴れ合いが感じられる」
(筒井さんのコメントに関しては、内情を知った上(最初のシーンの撮影が時系列的に最後であること)での厳しい批評だと受け止めた)
加えて、上映会終了後、先輩たち(主にOさんとMさん)から頂いた指摘。
「漫画家のナレーションで説明されてしまうところで、幾つか好きになれない部分があった。特に「画で見せなきゃいけないシーンもあるから…」のところは、あれこそ画だけでいくべきでは」
「もっと音だけで色々出来る部分があったのでは」
「作り手が今、何故これを撮るのかという切実さの部分では、一番伝わった」
「電車が唐突に入る編集と、ラストのカットバックの編集がラジカルで好きだった」
「編集長などのシーンはいらなかったのでは。もっと執筆だけで押せたのでは」
更に加えて、漫画家・土屋雄民の指摘も(実は彼の指摘は他の作品についてもかなり本質的で勉強になった)
「タイトルと内容が合わない。MAKING of MANGAというタイトルならラストカットは間違っている。あのラストカットは漫画家土屋に寄りすぎている。タイトルは重要。」
「足の執筆シーンが2カットあるが、1カットで良かったのでは。執筆シーンでもっと削れるところがあったはず(!)。」
更に、一つしか覚えてないが、友人でサラリーマン役の41氏のコメント。
「ラストのカットバックのマンガのシーンは何故無音なのか。あそこに海の場所の音が入ってても良かったのでは」
こう、言われた事を整理して書いてみて、山崎さんと山上さんからの指摘が重く、的確で、愛のあるものだったと再認識している。
山崎さんがおっしゃった「現場で発見する目が足りない」という指摘。その通りだったと思う。内藤カメラマンからも同様の指摘を以前受けている。MAKING of MANGAはラッキーが重なって、予め撮りたいと思っていたものが撮れた結果、あまりに最初の構成に忠実になり過ぎたと今では思っている。「撮らなければいけないもの」を撮ることでいっぱいいっぱいになり、現場での発見が疎かになってしまった事も事実。そのため、「構成と撮影の設計」がこちらの思惑通りにいったところがあった。そこが成功した部分でもありながら、ドキュメンタリーとして大切なものが何か今一つ足りないと、きっと評価されたのだろうと思う。これは重く受け止める。
山上さんから言われた事。嬉しくて涙が出そうになった。客席に座っている自分に対して目を見て舞台上から話しかけてくれた山上さんの誠実さには感動した。山上さんが終始言っていた「覚悟・姿勢」については、自分は持てていたと自信を持って書けるだろう。その上で、非常にズシリとくる宿題を頂いた気がしている。
※講評の際、もっと批判的な意見があったかもしれない。基本的には、自分があっと思った事をメモしていたので…そしてキツイことは基本的に忘れてしまうというダメな性格のため…
※あの上映会に来てくれた一般の人で、ガギグゲキッコを手にとってくれた人は何人いるのか…3人くらいはいて欲しい…
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オーディトリウム渋谷という映画館で、同期たちの作品も含め4作品が上映された。
・糸とともに〜「さをり織り」たて糸づくり・織り・仕立て〜
・Globes:
・浜辺の巨大生命体へー大人の科学の挑戦ー
・MAKING of MANGA
この4作品が上映され、一つづつ講評して頂いた。
各作品の前に、まず代表者の簡単な挨拶があり、全ての上映が終わった後、山上徹二郎さん(シグロ代表・プロデューサー)、山崎裕さん(ドキュメンタリージャパン前代表取締役、カメラマン)、筒井武文さん(主任講師・監督)との3名での講評となった。
ここに詳細に書くことが出来ないほどの(それは、心理的に未だという意味で)、厳しい講評だった。あんなに張り詰めた空間を味わったのは久しぶりだった。劇場内の空気が「ピーン」という音を発しているように感じられた講評の1時間半。その場は「作り手」としてのガチの場であり、そこに一切のお世辞も、一切の馴れ合いも許されない場となった。
「糸とともに…」と「Globes:」に関しては、作り手としての態度や姿勢そのものが厳しく問われた。
「浜辺の…」に関してはF君のカメラワークがやはり是枝さんと同様に山崎さんから絶賛された。
3日経った今になっても、自分が関わったものではない作品の講評について、自分の意見でここに書けることはほとんど無い。が、一つだけ確信を持って書けるとすれば、山上さん、山崎さんが述べていた事は(これは以前の是枝さん、諏訪さんの講評でも同じだと思うが)、「自分には十分に理解出来た」という事だ。
約1年間ほど、「カメラとマイクの接続の仕方」みたいな、本当に基礎の基礎から映画作りというものを学ぶ苦楽を共にしてきて、その作品制作過程の紆余曲折を知っている同期の一人としても、あそこまでの酷評を聞いて、擁護したいとの気持ちが出たが、内容を真剣に聞いていて「それは違う!誤解だ!」と、真正面から対抗出来る事は、自分には無かった。プロデューサーとして、またカメラマンとして何十年と勝負してきている「プロ」達の講評の凄み、「作品」として何かを表現して世の中に出すということへの真摯な姿勢。尊敬する事しか無かった。
それが、本当に正直なところだ。
観客の前に「完成された作品」として出すという事。それをもっと考えろ。と全員、言われた気がする。
************************************************
その後の備忘録。
【金曜】
上映会後、何人かの人たちに声をかけてもらい、色々と話したりする。自宅に戻り、ツッチーと41氏とさとと飲む。
1時頃にさとが就寝。5時頃に41氏が就寝。そして11時頃まで、ツッチーと話す。
【土曜】
起床したら15時過ぎ。ダラっとする。夜飯にうどんを食いに行く。山上さんと山崎さんから言われた事を頭の中で整理する。41氏はもう一泊。「人生を背負う」という事は、どういう意味か。それは軽々しく口に出来る事なのか。などについて話す。今の自分に正直にあるしかないと結論する。
【日曜】
また15時頃起床。41氏帰宅。ダラっとする。スーパーに行く。唐揚げを食う。再度、色々と講評の事を考える。
【月曜】
基本はダラダラしながら、多少色々と整理がつく。やはり映画ではなく、今は社会と世界を見たいと思う。自分に圧倒的に足りないものは「長い目でものを見て考える」素養だろうと思う。映画が出来て100年とちょっと。映画の枠内だけで物事を考えていると思える言説が多すぎると感じる。腰を据えてじっくりモノを見る覚悟が自分には必要だと思う。「今」に敏感でいるために、ハイエナにはなりたくない。「今」の問題を、人間が抱える問題の普遍へと導く事が、きっとドキュメンタリーという表現には出来るはずだ。
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「MAKING of MANGA」の講評に関して。
メモしていた事をここにも備忘として書いておく。全体的に好意的な意見だったのでホッとした面もあったが、自分では一切気づいていなかった鋭い指摘を幾つか頂けて本当に良かった。
・山崎さん
「構成が、一年で何故ここまで見せられるのかというくらいに“変に”上手い。(まとまりすぎであまりそこが好きになれないというニュアンス含め)」
「撮影と構成が一つの方法論として一体的になっている。その設計が見事」
「ラストの作り手と被写体の共犯関係をバラしてしまうというカットは個人的に好きではない」
「テクニックと漫画家の人間とを見せていく構成のバランスが良い」
「執筆のテクニックを即物的に撮りすぎている面があるかもしれない。ストレートに執筆ではない、もっと漫画家自身の肉体の変化のようなものを現場で発見する目が必要だった。それが出来るかどうかにドキュメンタリーはかかっているのでは。そこに何かもう一つあったのでは。」
・山上さん
「ものを生み出す人の苦しみと喜びが垣間見えた」
「このような被写体との出会いは奇跡的で、一生にそう何度もあるものではない。その意味で、2作目をどうするのかを聞きたい。ドキュメンタリーを撮る事の幸せと不幸に出会ってしまったという事を自覚して欲しい。撮れてはいる。これからもこの被写体を撮り続けるべきかもしれない。その覚悟はあるか。その質問が出来るという意味では、一定の評価は出来る」
「音の構成は際立って良かった分、もっと映像から自由になっても良かったのでは」
「ドキュメンタリーを撮るという事は、人生を背負うことに近い行為だ」
・筒井さん(?)
「出来るまで作品として、よく出来ている」
「対象との関係性の変化がない。対象との距離感の一様さから、ある種の馴れ合いが感じられる」
(筒井さんのコメントに関しては、内情を知った上(最初のシーンの撮影が時系列的に最後であること)での厳しい批評だと受け止めた)
加えて、上映会終了後、先輩たち(主にOさんとMさん)から頂いた指摘。
「漫画家のナレーションで説明されてしまうところで、幾つか好きになれない部分があった。特に「画で見せなきゃいけないシーンもあるから…」のところは、あれこそ画だけでいくべきでは」
「もっと音だけで色々出来る部分があったのでは」
「作り手が今、何故これを撮るのかという切実さの部分では、一番伝わった」
「電車が唐突に入る編集と、ラストのカットバックの編集がラジカルで好きだった」
「編集長などのシーンはいらなかったのでは。もっと執筆だけで押せたのでは」
更に加えて、漫画家・土屋雄民の指摘も(実は彼の指摘は他の作品についてもかなり本質的で勉強になった)
「タイトルと内容が合わない。MAKING of MANGAというタイトルならラストカットは間違っている。あのラストカットは漫画家土屋に寄りすぎている。タイトルは重要。」
「足の執筆シーンが2カットあるが、1カットで良かったのでは。執筆シーンでもっと削れるところがあったはず(!)。」
更に、一つしか覚えてないが、友人でサラリーマン役の41氏のコメント。
「ラストのカットバックのマンガのシーンは何故無音なのか。あそこに海の場所の音が入ってても良かったのでは」
こう、言われた事を整理して書いてみて、山崎さんと山上さんからの指摘が重く、的確で、愛のあるものだったと再認識している。
山崎さんがおっしゃった「現場で発見する目が足りない」という指摘。その通りだったと思う。内藤カメラマンからも同様の指摘を以前受けている。MAKING of MANGAはラッキーが重なって、予め撮りたいと思っていたものが撮れた結果、あまりに最初の構成に忠実になり過ぎたと今では思っている。「撮らなければいけないもの」を撮ることでいっぱいいっぱいになり、現場での発見が疎かになってしまった事も事実。そのため、「構成と撮影の設計」がこちらの思惑通りにいったところがあった。そこが成功した部分でもありながら、ドキュメンタリーとして大切なものが何か今一つ足りないと、きっと評価されたのだろうと思う。これは重く受け止める。
山上さんから言われた事。嬉しくて涙が出そうになった。客席に座っている自分に対して目を見て舞台上から話しかけてくれた山上さんの誠実さには感動した。山上さんが終始言っていた「覚悟・姿勢」については、自分は持てていたと自信を持って書けるだろう。その上で、非常にズシリとくる宿題を頂いた気がしている。
※講評の際、もっと批判的な意見があったかもしれない。基本的には、自分があっと思った事をメモしていたので…そしてキツイことは基本的に忘れてしまうというダメな性格のため…
※あの上映会に来てくれた一般の人で、ガギグゲキッコを手にとってくれた人は何人いるのか…3人くらいはいて欲しい…
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Sep 16, 2011
雑記
明日(もう今日)は修了作品の上映会。
なぜか全く緊張しない。何を言われても良い感じ。
http://a-shibuya.jp/archives/1187
今日はフィクション科の修了作品を5つ見てきた。
高木栄衣子さんという方が脚本・監督の「いでよ、空」という作品が自分としてはかなり良かった。
5作品あって、その内4作品には、「おかしな人」が出てきて「暴力」と「死」が出てくる。
その事自体の社会的意味を考えたりしてみたが、よく分からない。
自分と同世代の、日本に生きている人たちが、そんなに「おかしな人」とか「暴力」とか「死」に近いところで生きていると思えないからだ。
映画の為に事件が起き、映画の為に人が殺される、というのは普通の事なんだろうか。
多分、そこに違和感を感じたのだろう。
やっぱ、ドキュメンタリーにしか、作る方の興味は持てないなー。
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なぜか全く緊張しない。何を言われても良い感じ。
http://a-shibuya.jp/archives/1187
今日はフィクション科の修了作品を5つ見てきた。
高木栄衣子さんという方が脚本・監督の「いでよ、空」という作品が自分としてはかなり良かった。
5作品あって、その内4作品には、「おかしな人」が出てきて「暴力」と「死」が出てくる。
その事自体の社会的意味を考えたりしてみたが、よく分からない。
自分と同世代の、日本に生きている人たちが、そんなに「おかしな人」とか「暴力」とか「死」に近いところで生きていると思えないからだ。
映画の為に事件が起き、映画の為に人が殺される、というのは普通の事なんだろうか。
多分、そこに違和感を感じたのだろう。
やっぱ、ドキュメンタリーにしか、作る方の興味は持てないなー。
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Aug 27, 2011
映画美学校ドキュメンタリーコース初等科 終わり
新企画のプレゼンを、筒井武文監督、是枝裕和監督、諏訪敦彦監督、塩崎登史子監督、内藤雅行キャメラマンがいる場で発表し、ありがたくダメ出しを食らう。という最後の授業がさっき終わって、約1年間の初等科のカリキュラムは終了した。
自分の企画はやるかどうかまだ半々。
カメラとマイクがあれば、とりあえずはスタート出来るのだが、もう少し、今日是枝監督と諏訪監督にダメ出しされた点について詰める必要があるかも。もしくは、全然気にせずに自分で突き詰めていってやってしまえば良いかも。
でも、結局ドキュメンタリーの企画なんて、あってないようなものかもなあと思ったりもする。
やってみて、ダメだったらダメ。面白かったら続ける。そんな感じだろう。少なくとも自主のうちは。
満場一致でGO!が出る企画なんて、フィクションでやれば良いとすら思う。
撮り始めるときに、どうなるのか分からない。でも、完成させられれば、そこに重要な何かが映し出せる「予感」がする。
そういう企画しか、今の自分には興味がない。
仕事としてドキュメンタリーの企画出すって、大変なんだろうなと、是枝監督のツッコミを聞いていて実感したとこも大いにあるが、それは想定内というか…映画美学校の初等科の最後に出す企画。として考えて出しているので、満場一致でGO!が出るようなものはそもそも考えていないのだ。そーゆうのは、別の場所で(例えばプロデューサーがきちんとついて、制作費が出て、出口も決まるような場所)やりゃいいじゃないか。と、別に反抗心とかではなく、率直に思った。
同世代の奴らが出す企画は、「画にならない」ものが多い。企画書に表現された言葉も抽象的だ。
「で、何を撮るのか?」との問いに即答出来ない企画が多い。自分の企画もそんな感じだと思う。
でも、今の日本で「何を撮るのか?」という問いを真剣に考えれば考えるほど、気分とか、精神の変化とか、ムードとか、何かそういう「モヤモヤ」「ふわふわ」したものしかないとも切実に思う。
今のところ自分はそれは「2010年代の時代性」なんだと思っている。
分かりやすい企画は、仕事でテレビドキュメンタリーを作っている人がやればいいだろう。
映画美学校は最強のインディペンデント作家を養成する学校のはずだ。
8割に伝わらない企画こそやるべきなんじゃないかと思う。でも2割の心の奥底に届く何かを映し出せないか。
そういう事を、考えている。
「画にならないものを、どう画にするのか?」
そこに真正面から斬り込んでいけるかどうか。作り手側の創造性が最も求められているのはここしかない。
逆にアンチを唱えるのなら、今、画になるものを撮って、どんな意味があるのか?
イメージにならないモヤモヤ。イメージにならない気分。それこそ、今撮るべき対象じゃないのか?
そういう社会だし、そういう時代じゃないか。今の日本は。
政治の季節なんて、本でしか知らない。イデオロギーなんて今扱ってどうする。
撮りたいのは、2011年の、この、何も無い。そしてどこか満たされていない。その「気分」にしかない。
「MAKING of MANGA」を一緒に製作したKの企画には参加する予定。今年中に撮影開始出来れば、という感じ。最後までやり切れば、面白いものにはなるだろうと思う。
明日は修了式という名の、ただの打上げ(?)があるらしい。今週で、昨年秋頃からの生活には一区切りつきそうだ。
終わってK、O、S、Oと終電まで飲んだが、飲み足りないのでシングルモルト余市で、色々と考えることとする。
高等科?まあ、それまでに金の都合がつけば…
困ったことに、金を稼ぐ事は確かに大事だと思いつつも、そんな事より面白いものを、見つけてしまっている。
27歳にして、彼女と親に頼りっぱなしの生活で、何とも情け無いのだが、これは、何というか、どうしようもないのだ。
そういう、「創るところの面白さ」に、既に入り込んでしまっている。
とんでもない彼氏だし、とんでもないどら息子である。
普通の顔をして生活しているようで、もう、会社員の頃の皮膚感覚ではないのだ。
お金とかは、心底、大した問題ではないのだ。
お金が無くなって生活できなくなったら、それはそういう人生だ。
「覚悟」とかよく言ってるのを聞くけど、会社員を辞めた時点で、そんな覚悟はとうに持っている。
「面白い」と思えることを、やり続けるしか、ない。
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自分の企画はやるかどうかまだ半々。
カメラとマイクがあれば、とりあえずはスタート出来るのだが、もう少し、今日是枝監督と諏訪監督にダメ出しされた点について詰める必要があるかも。もしくは、全然気にせずに自分で突き詰めていってやってしまえば良いかも。
でも、結局ドキュメンタリーの企画なんて、あってないようなものかもなあと思ったりもする。
やってみて、ダメだったらダメ。面白かったら続ける。そんな感じだろう。少なくとも自主のうちは。
満場一致でGO!が出る企画なんて、フィクションでやれば良いとすら思う。
撮り始めるときに、どうなるのか分からない。でも、完成させられれば、そこに重要な何かが映し出せる「予感」がする。
そういう企画しか、今の自分には興味がない。
仕事としてドキュメンタリーの企画出すって、大変なんだろうなと、是枝監督のツッコミを聞いていて実感したとこも大いにあるが、それは想定内というか…映画美学校の初等科の最後に出す企画。として考えて出しているので、満場一致でGO!が出るようなものはそもそも考えていないのだ。そーゆうのは、別の場所で(例えばプロデューサーがきちんとついて、制作費が出て、出口も決まるような場所)やりゃいいじゃないか。と、別に反抗心とかではなく、率直に思った。
同世代の奴らが出す企画は、「画にならない」ものが多い。企画書に表現された言葉も抽象的だ。
「で、何を撮るのか?」との問いに即答出来ない企画が多い。自分の企画もそんな感じだと思う。
でも、今の日本で「何を撮るのか?」という問いを真剣に考えれば考えるほど、気分とか、精神の変化とか、ムードとか、何かそういう「モヤモヤ」「ふわふわ」したものしかないとも切実に思う。
今のところ自分はそれは「2010年代の時代性」なんだと思っている。
分かりやすい企画は、仕事でテレビドキュメンタリーを作っている人がやればいいだろう。
映画美学校は最強のインディペンデント作家を養成する学校のはずだ。
8割に伝わらない企画こそやるべきなんじゃないかと思う。でも2割の心の奥底に届く何かを映し出せないか。
そういう事を、考えている。
「画にならないものを、どう画にするのか?」
そこに真正面から斬り込んでいけるかどうか。作り手側の創造性が最も求められているのはここしかない。
逆にアンチを唱えるのなら、今、画になるものを撮って、どんな意味があるのか?
イメージにならないモヤモヤ。イメージにならない気分。それこそ、今撮るべき対象じゃないのか?
そういう社会だし、そういう時代じゃないか。今の日本は。
政治の季節なんて、本でしか知らない。イデオロギーなんて今扱ってどうする。
撮りたいのは、2011年の、この、何も無い。そしてどこか満たされていない。その「気分」にしかない。
「MAKING of MANGA」を一緒に製作したKの企画には参加する予定。今年中に撮影開始出来れば、という感じ。最後までやり切れば、面白いものにはなるだろうと思う。
明日は修了式という名の、ただの打上げ(?)があるらしい。今週で、昨年秋頃からの生活には一区切りつきそうだ。
終わってK、O、S、Oと終電まで飲んだが、飲み足りないのでシングルモルト余市で、色々と考えることとする。
高等科?まあ、それまでに金の都合がつけば…
困ったことに、金を稼ぐ事は確かに大事だと思いつつも、そんな事より面白いものを、見つけてしまっている。
27歳にして、彼女と親に頼りっぱなしの生活で、何とも情け無いのだが、これは、何というか、どうしようもないのだ。
そういう、「創るところの面白さ」に、既に入り込んでしまっている。
とんでもない彼氏だし、とんでもないどら息子である。
普通の顔をして生活しているようで、もう、会社員の頃の皮膚感覚ではないのだ。
お金とかは、心底、大した問題ではないのだ。
お金が無くなって生活できなくなったら、それはそういう人生だ。
「覚悟」とかよく言ってるのを聞くけど、会社員を辞めた時点で、そんな覚悟はとうに持っている。
「面白い」と思えることを、やり続けるしか、ない。
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Aug 25, 2011
映画美学校2010年度初等科修了作品発表会
オーディトリウム渋谷という映画館で「映画美学校2010年度初等科修了作品発表会」があります。
入場自由です。
ドキュメンタリーコース初等科の修了作品は4作品。9/16(金)の19:00からの上映です。
自分が構成と編集を担当した「MAKING of MANGA」は4つのうちのラストの上映です。
4作品の上映後、カメラマンの山崎裕さん(!是枝組のカメラマンとして昔から尊敬している…)、シグロ代表の山上徹二郎さん、そして我らが主任講師の筒井武文監督による講評もあるらしいです。
例年、ボロクソに言われるらしいので、映画学校の学生がプロにボロクソに言われる。というのを見てみたいという方にもオススメです。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
以下、映画美学校事務局の方が書いた(のだろう)と思われる「MAKING of MANGA」の紹介文。
MAKING of MANGA
2011(31分)※DV
スタッフ:上田絵美/川上拓也/小町谷健彦
初めて月刊誌IKKIで連載を始めた土屋雄民。「ガギグゲキッコ」という連載作品の最終回に立ち会い、一枚の真っ白な紙と1本のペンから生まれた、苦悩と感動を映し出す。
苦悩と感動…中々にハードルを上げられているのではないか…
筒井監督からのコメントは、
「創造の苦しみと快楽を描く『MAKING of MANGA』。被写体はどこまで曝け出せるのか。」
創造の苦しみと快楽を…なるほど。
※詳細はこちら
http://a-shibuya.jp/archives/1187
会社員を辞めて、無職になって美学校に入って作った初作品。
撮影・録音のスタッフ二名もフリーター。
なけなしの生活費を削って制作に参加してくれた作品。
撮影場所まで行く電車賃がない。という事で徒歩で撮影場所まで来る。というような極限の経済状況の中。
夜から朝まで撮影。その後バイト。というようなハードスケジュールの中。
最後まで見捨てないで付き合ってくれた2名のスタッフの協力無しには完成しなかったであろう本作。
何かを作っている方。作ろうともがいている方。
自分の生活は、このままで良いのだろうかと日々悩みながら働いている新人サラリーマンの方。
何者でもない自分の将来に希望と不安を抱えながら生活している学生の方。
20代で何者でもなかった自分の事を思い返している方。
単純にマンガ好きの方。マンガの執筆過程を見てみたいという方。月刊IKKIのファンの方。
ドキュメンタリーに興味のある方。
別にマンガもドキュメンタリーも興味ないけど、9/16(金)夜の予定がフリーだなーといった方。
新人漫画家の初連載作品の最終話の執筆に密着し、ファミレスでのネーム執筆、自宅での原稿執筆の過程を追うと共に、担当者さんとの打合せや月刊IKKI編集長の方のインタビューを撮影させて頂いています。撮影許可の交渉が難航しながらも、何とか撮影させて頂いた印刷所や、実際の単行本が書店に並んだシーン。そして、初の単行本が世に出て、同時に連載を終了し、漫画家としての日々の生活の糧を一旦失った新人漫画家の心境のインタビューで、本作品は幕を閉じます。31分の短編です。一言で、「マンガが出来るまで」を追った作品です。企画当初に描こうとしていたものは、「創作」と「新人の想い」のようなものでした。どちらも、様々な方の甚大なご協力のおかげで、何とか描くことが出来た作品になったと思っています。
小学館月刊IKKIにて初連載中だった新人漫画家・土屋雄民氏の「ガギグゲキッコ」という作品の最終回の執筆過程を撮影していく中で、主人公キッコの想い、作家のメッセージに、強い共感を感じながら、いつのまにか構成が決まっていった「MAKING of MANGA」。
撮影のミスも編集の下手くそさも録音状態の悪さも、色々と技術的な課題が残った作品ではありますが、
初めて作った作品が、これになって本当に良かったと、今では思っています。
このブログを見てくださっている奇特な皆様。是非とも冷やかしにお越しください。なにせ無料です。
オーディトリウム渋谷は普通の映画館なので、特別「内輪」な感じもしないはずです。
もし来てくださった方がいれば、気軽に声をかけて頂ければ幸いです。
丸メガネをかけて体調が悪そうなのが私カワカミです。
「全然面白くなかった!」でも、「よく分からなかった!」でも、「まだまだだね」でも、何かしらの反応を頂く機会になればよいなあと思っています。
では、9/16(金)夜に、渋谷で。
ちなみに、15(木)はフィクションコースの上映です。こちらも是非。
※twitter辞めちゃったので、twitterやっててこれ見た人、このエントリーのリンク貼ってtweetしてくれると嬉しいです。小**とか、小**とか、あと、小**とか。
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入場自由です。
ドキュメンタリーコース初等科の修了作品は4作品。9/16(金)の19:00からの上映です。
自分が構成と編集を担当した「MAKING of MANGA」は4つのうちのラストの上映です。
4作品の上映後、カメラマンの山崎裕さん(!是枝組のカメラマンとして昔から尊敬している…)、シグロ代表の山上徹二郎さん、そして我らが主任講師の筒井武文監督による講評もあるらしいです。
例年、ボロクソに言われるらしいので、映画学校の学生がプロにボロクソに言われる。というのを見てみたいという方にもオススメです。
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以下、映画美学校事務局の方が書いた(のだろう)と思われる「MAKING of MANGA」の紹介文。
MAKING of MANGA
2011(31分)※DV
スタッフ:上田絵美/川上拓也/小町谷健彦
初めて月刊誌IKKIで連載を始めた土屋雄民。「ガギグゲキッコ」という連載作品の最終回に立ち会い、一枚の真っ白な紙と1本のペンから生まれた、苦悩と感動を映し出す。
苦悩と感動…中々にハードルを上げられているのではないか…
筒井監督からのコメントは、
「創造の苦しみと快楽を描く『MAKING of MANGA』。被写体はどこまで曝け出せるのか。」
創造の苦しみと快楽を…なるほど。
※詳細はこちら
http://a-shibuya.jp/archives/1187
会社員を辞めて、無職になって美学校に入って作った初作品。
撮影・録音のスタッフ二名もフリーター。
なけなしの生活費を削って制作に参加してくれた作品。
撮影場所まで行く電車賃がない。という事で徒歩で撮影場所まで来る。というような極限の経済状況の中。
夜から朝まで撮影。その後バイト。というようなハードスケジュールの中。
最後まで見捨てないで付き合ってくれた2名のスタッフの協力無しには完成しなかったであろう本作。
何かを作っている方。作ろうともがいている方。
自分の生活は、このままで良いのだろうかと日々悩みながら働いている新人サラリーマンの方。
何者でもない自分の将来に希望と不安を抱えながら生活している学生の方。
20代で何者でもなかった自分の事を思い返している方。
単純にマンガ好きの方。マンガの執筆過程を見てみたいという方。月刊IKKIのファンの方。
ドキュメンタリーに興味のある方。
別にマンガもドキュメンタリーも興味ないけど、9/16(金)夜の予定がフリーだなーといった方。
新人漫画家の初連載作品の最終話の執筆に密着し、ファミレスでのネーム執筆、自宅での原稿執筆の過程を追うと共に、担当者さんとの打合せや月刊IKKI編集長の方のインタビューを撮影させて頂いています。撮影許可の交渉が難航しながらも、何とか撮影させて頂いた印刷所や、実際の単行本が書店に並んだシーン。そして、初の単行本が世に出て、同時に連載を終了し、漫画家としての日々の生活の糧を一旦失った新人漫画家の心境のインタビューで、本作品は幕を閉じます。31分の短編です。一言で、「マンガが出来るまで」を追った作品です。企画当初に描こうとしていたものは、「創作」と「新人の想い」のようなものでした。どちらも、様々な方の甚大なご協力のおかげで、何とか描くことが出来た作品になったと思っています。
小学館月刊IKKIにて初連載中だった新人漫画家・土屋雄民氏の「ガギグゲキッコ」という作品の最終回の執筆過程を撮影していく中で、主人公キッコの想い、作家のメッセージに、強い共感を感じながら、いつのまにか構成が決まっていった「MAKING of MANGA」。
撮影のミスも編集の下手くそさも録音状態の悪さも、色々と技術的な課題が残った作品ではありますが、
初めて作った作品が、これになって本当に良かったと、今では思っています。
このブログを見てくださっている奇特な皆様。是非とも冷やかしにお越しください。なにせ無料です。
オーディトリウム渋谷は普通の映画館なので、特別「内輪」な感じもしないはずです。
もし来てくださった方がいれば、気軽に声をかけて頂ければ幸いです。
丸メガネをかけて体調が悪そうなのが私カワカミです。
「全然面白くなかった!」でも、「よく分からなかった!」でも、「まだまだだね」でも、何かしらの反応を頂く機会になればよいなあと思っています。
では、9/16(金)夜に、渋谷で。
ちなみに、15(木)はフィクションコースの上映です。こちらも是非。
※twitter辞めちゃったので、twitterやっててこれ見た人、このエントリーのリンク貼ってtweetしてくれると嬉しいです。小**とか、小**とか、あと、小**とか。
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Aug 2, 2011
「観察映画」の評価について
ナレーション・テロップ・音楽一切なしの「観察映画」を提唱し「選挙」「精神」「Peace」と、近年、猛スピードで劇場公開作品を連発しているドキュメンタリー作家と言えば、あまり映画に興味がない人も、なんとなくは聞いたことがあるだろう。
映画作家、想田和弘氏だ。
最近、想田氏が「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」という直球なタイトルの本を出したことも話題になっている(興味のある人は読んでみると面白いと思う。760円。講談社現代新書)。
想田氏の提唱する「観察映画」という方法論と、それに基づき制作された作品に対して、世界の観客/批評家の評価はかなり高い。日本の現役のドキュメンタリー映画作家の中で、世界で最も「今、注目度の高い」作家の一人であることは間違いないだろう。国内でもその注目度は抜群に高い。この間など、先の著書を読んでいるオジサンを電車で見かけた、と同居人が言っていたほど。数々のメディアが彼の「観察映画」を取り上げていることも確か。
が、日本のドキュメンタリー界隈で想田氏の「観察映画」に対して「アンチ」的な態度を表明しているドキュメンタリストも一定数存在している。「アンチ」ではなくとも、“冷笑的な”態度をとる「作り手」がいることは確かだ。
例えば、この番組で土屋豊氏(ドキュメンタリー映画監督)の「感じ」を見て欲しい。10分あたりから。
この「感じ」である。土屋氏のパーソナリティが淡々としている、という事もあるだろうが、やはり何か含ませた態度、挑発的な態度が、懐疑的な態度が、土屋氏のこの「冷静で的確な」とも表現出来るインタビューに現れていることは明らかだろう。土屋氏のインタビューは非常にフェアであり、かつ鋭い。だが、それと同時にやはり懐疑的な態度も自分は見てしまう。この「感じ」。意外と「日本の」ドキュメンタリー界隈の一部で共有されている「感じ」だと思う。
実際、自分の周りにも同様の「感じ」は存在していて、MAKING of MANGAを一緒に制作したKも、こんな「感じ」を少しは持っていると書いても差し支えないかと思う。「観察映画?台本なし?良く見て、良く聞く?やわらかい部分?そんな事、作り手なら誰だって…何を今さら…」という「感じ」があるのだ。
自分は想田氏の映画は非常に面白いと思うし、「観察映画」という、語弊を恐れずに書けば、「ドキュメンタリー映画について考えている人たち」にとってはある種「使い古された」コンセプトについても、この時代に大々的に打ち出すことの覚悟とクレバーさを尊敬している。想田氏のこのコンセプトは、果たして「誰に向けられて」表明されているのか。
「観察映画」に対する、国内での「観客」からの高い評価と一部の「作り手」からの黙殺とも言える評価。
ここに何かしらのドキュメンタリー映画を取り巻く日本の状況が現れているのではないだろうか。
そこには、何か「映画界」が持っている嫌な排他性、玄人至上主義、みたいなものが見え隠れする気もするのだ。
・「アンチ」な人たちが、具体的作品というよりも「観察映画」というコンセプトに敏感に反応しているように見えること
・想田氏は「ドキュメンタリー映画作家」としてのキャリアは、非常に短いということ(=語弊を恐れずに言えば「新人」だ、との評価もあるということ)
・いわゆる「日本のドキュメンタリー界隈」の人たちの意識は「観客」よりも「作り手」に向いているのではないかとの疑問
・想田和弘という作家はテレビドキュメンタリー出身であるということ(1997年から2005年にかけて、40本以上をディレクターとして制作している)
・さらに言えば、もっと前は劇映画の作り手であったということ(例えばこんな短編劇映画(コメディ)を撮っている。想田氏が25歳くらいの時の作品だ)
・それと、この想田氏のブログのエントリー。ここに何か重大な原因が隠されているように思う。
http://documentary-campaign.blogspot.com/2010/11/blog-post_06.html
自分はこの考え方に非常に共感しているのだと思う。
「ブレる」ことについて「ブレない」ということ。これは、映画作りとか関係なく、自分が20歳頃から大切にしている、一つのポリシーみたいなものでもある。「ブレない」人は危ないし、つまらないし、成長しないと思っている。
同じ「観察映画」と銘打って打ち出していても「選挙」と「精神」の作り方は微妙にズレていると感じるし、まだ未見だが、その制作手法において「Peace」についても著書を読む限り全2作と全く同じコンセプトに基づいているとは思えない(想田氏自身、「Peace」は観察映画“番外編”だとしているが)。
そして、それが自然だし、そーゆう立ち位置が自分には一番しっくり来るなーと思っているのだ。その「方法論の一貫性の“欠如”」みたいなものに対して非常に敏感に、否定的に反応しているのが「アンチ」な人たちなんじゃないかなーと思う。
もしくはステートメントを明確に打ち出し、作り手としてのコンセプトと立場を明確に表明するという(ある意味、日本以外の社会で生きて行くためには「当たり前の」行為。想田氏はNewYork在住である)に対する、非常に日本的な「嫌悪感」が表出しているだけなんじゃないか?とも感じていたりして。そんな事、わざわざ言うかよ。的な。自分はそういう事をハッキリと言うことの方が大変だし覚悟がいることだと思っているので、この感じにちょっとイヤな気分になったりする。
ま、人それぞれ、考え方は違って当たり前だけど。
なんかやっぱ、気持ち悪さを感じたりもしていて。
うーん。どうなんですか、ね?これも「呪詛」ですか、ね?
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映画作家、想田和弘氏だ。
最近、想田氏が「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」という直球なタイトルの本を出したことも話題になっている(興味のある人は読んでみると面白いと思う。760円。講談社現代新書)。
想田氏の提唱する「観察映画」という方法論と、それに基づき制作された作品に対して、世界の観客/批評家の評価はかなり高い。日本の現役のドキュメンタリー映画作家の中で、世界で最も「今、注目度の高い」作家の一人であることは間違いないだろう。国内でもその注目度は抜群に高い。この間など、先の著書を読んでいるオジサンを電車で見かけた、と同居人が言っていたほど。数々のメディアが彼の「観察映画」を取り上げていることも確か。
が、日本のドキュメンタリー界隈で想田氏の「観察映画」に対して「アンチ」的な態度を表明しているドキュメンタリストも一定数存在している。「アンチ」ではなくとも、“冷笑的な”態度をとる「作り手」がいることは確かだ。
例えば、この番組で土屋豊氏(ドキュメンタリー映画監督)の「感じ」を見て欲しい。10分あたりから。
この「感じ」である。土屋氏のパーソナリティが淡々としている、という事もあるだろうが、やはり何か含ませた態度、挑発的な態度が、懐疑的な態度が、土屋氏のこの「冷静で的確な」とも表現出来るインタビューに現れていることは明らかだろう。土屋氏のインタビューは非常にフェアであり、かつ鋭い。だが、それと同時にやはり懐疑的な態度も自分は見てしまう。この「感じ」。意外と「日本の」ドキュメンタリー界隈の一部で共有されている「感じ」だと思う。
実際、自分の周りにも同様の「感じ」は存在していて、MAKING of MANGAを一緒に制作したKも、こんな「感じ」を少しは持っていると書いても差し支えないかと思う。「観察映画?台本なし?良く見て、良く聞く?やわらかい部分?そんな事、作り手なら誰だって…何を今さら…」という「感じ」があるのだ。
自分は想田氏の映画は非常に面白いと思うし、「観察映画」という、語弊を恐れずに書けば、「ドキュメンタリー映画について考えている人たち」にとってはある種「使い古された」コンセプトについても、この時代に大々的に打ち出すことの覚悟とクレバーさを尊敬している。想田氏のこのコンセプトは、果たして「誰に向けられて」表明されているのか。
「観察映画」に対する、国内での「観客」からの高い評価と一部の「作り手」からの黙殺とも言える評価。
ここに何かしらのドキュメンタリー映画を取り巻く日本の状況が現れているのではないだろうか。
そこには、何か「映画界」が持っている嫌な排他性、玄人至上主義、みたいなものが見え隠れする気もするのだ。
・「アンチ」な人たちが、具体的作品というよりも「観察映画」というコンセプトに敏感に反応しているように見えること
・想田氏は「ドキュメンタリー映画作家」としてのキャリアは、非常に短いということ(=語弊を恐れずに言えば「新人」だ、との評価もあるということ)
・いわゆる「日本のドキュメンタリー界隈」の人たちの意識は「観客」よりも「作り手」に向いているのではないかとの疑問
・想田和弘という作家はテレビドキュメンタリー出身であるということ(1997年から2005年にかけて、40本以上をディレクターとして制作している)
・さらに言えば、もっと前は劇映画の作り手であったということ(例えばこんな短編劇映画(コメディ)を撮っている。想田氏が25歳くらいの時の作品だ)
・それと、この想田氏のブログのエントリー。ここに何か重大な原因が隠されているように思う。
http://documentary-campaign.blogspot.com/2010/11/blog-post_06.html
自分はこの考え方に非常に共感しているのだと思う。
「ブレる」ことについて「ブレない」ということ。これは、映画作りとか関係なく、自分が20歳頃から大切にしている、一つのポリシーみたいなものでもある。「ブレない」人は危ないし、つまらないし、成長しないと思っている。
同じ「観察映画」と銘打って打ち出していても「選挙」と「精神」の作り方は微妙にズレていると感じるし、まだ未見だが、その制作手法において「Peace」についても著書を読む限り全2作と全く同じコンセプトに基づいているとは思えない(想田氏自身、「Peace」は観察映画“番外編”だとしているが)。
そして、それが自然だし、そーゆう立ち位置が自分には一番しっくり来るなーと思っているのだ。その「方法論の一貫性の“欠如”」みたいなものに対して非常に敏感に、否定的に反応しているのが「アンチ」な人たちなんじゃないかなーと思う。
もしくはステートメントを明確に打ち出し、作り手としてのコンセプトと立場を明確に表明するという(ある意味、日本以外の社会で生きて行くためには「当たり前の」行為。想田氏はNewYork在住である)に対する、非常に日本的な「嫌悪感」が表出しているだけなんじゃないか?とも感じていたりして。そんな事、わざわざ言うかよ。的な。自分はそういう事をハッキリと言うことの方が大変だし覚悟がいることだと思っているので、この感じにちょっとイヤな気分になったりする。
ま、人それぞれ、考え方は違って当たり前だけど。
なんかやっぱ、気持ち悪さを感じたりもしていて。
うーん。どうなんですか、ね?これも「呪詛」ですか、ね?
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時代認識の一致を、単なる偶然として切り捨てることが出来るか
内田樹氏のBLOGを週1くらいでチェックしている。まずは8月1日付で更新されたこのエントリーを読んでみて欲しい。
「ネット上の発言の劣化について」http://blog.tatsuru.com/2011/08/01_1108.php
「子どもも大人も、男も女も、知識人も労働者も、「だいたい同じような情報」を共有することができた」
「マスメディアが一元的に情報を独占する代償として、情報へのアクセスの平準化が担保されていた」
そのような「情報のデモクラシー」の時代が終わったこと。
70年代ごろから「サブカルチャー系情報」がマスメディアから分離しはじめ、
「国民全員が共有できる「マス言論」という場がなくなった。」ということ。
「マス言論というのは、いわば「自分が知っている情報をマップするための、メタ情報」である。」ということ。
マスメディアによるマップ機能の低下が導くのは「自分自身が送受信している情報の価値についての過大評価。」であること。
その結果、「情報の「層」化が進行し、私たちはいま「情報の階層化」のフェーズに入っている。」こと。
この辺の現状認識について、内田さんの見解と、自分の最近の考え方はほとんど一致。
自分としては、そのような「不可逆のプロセス」として進行中である「質の良い情報にアクセスできる階層」と「質の悪い情報にしかアクセスできない階層」の分極化という現象について、ちょっとした変化球によって明らかにすることが出来るかもしれないとの期待を、「twitter企画」に込めている(それは、順番的には3番目か4番目くらいに位置づけられるねらいだが)。
内田樹氏のこのエントリーの冒頭と終わり。
冒頭
「個人的印象だが、ネット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいるように見える。
攻撃的なコメントが一層断定的になり、かつ非論理的になり、口調が暴力的になってきている。」
終わり
「誤解して欲しくないが、私は情報の階層化には反対である。
ネット上に「呪詛」を書き込んでいる諸君は、それによって他ならぬ自分自身を情報化社会の最下層に釘付けにしていることに気づいて欲しいと思って、この文章を私は書いている。
たぶん、ご理解いただけないであろうが。(あ、いけない呪いを書いちゃった。今のなしね)」
数日前にこのBLOGのエントリーにて結論した内容と、今回の内田氏のBLOGの内容もかなりの部分で認識が一致している。
「memo twitter企画に関連して」で書いた結論はこうだ。
「求められるのは…自分の位置を社会の中で正確に見据える観察眼と、その位置に即座に対応出来る心持ちという意味での柔軟性だ。
自分の思想が変わらなくても、社会の中での相対位置は時々刻々と変化していることに自覚的でなければならないだろう。
その視座に立った上で、現在の国民みな躁鬱/総欝的状況を打破すべく、ヘルシーさを恥ずかしげもなく求めていくことの表明。そのような意志が、このtwitter企画の根本にある。」
ここに書いた「相対位置の自覚」は、内田氏の語彙で言うところの「マッピング(=メタ認知)」の重要性であり、「ヘルシーさを求めていくこと」というのはつまり、3.11以降、どうも行き場のない「呪詛」の吐き捨て場としての側面を強めているように思うネット空間と、そこに自分も明らかに依存した生活をしていることに対する危機意識の表現だ。内田氏と自分が活用している情報ソースなど質量ともに全く違うのは明らかだが、自分のこの認識が、震災後により強まっていることは嘘でもなんでもない事実だ。ある側面ではあるが、年齢も立場も全く違うにも関わらず、多くの面で時代認識が一致していること。その認識表明の時期がこれほどに近いこと。これを単なる偶然だと切り捨てることは自分にとっては難しい。
私は、ネット上の空間に「呪詛」を書きこんでいたのではなかったか。
あなたは、ネット上の空間に「呪詛」を書きこんではいないか。
まず始めに、自らの立場について、批判的検証がなされなければならないだろう。
共感も否定も同時に引き起こす「議題」が現在性を捉えているのだとの思いを強めている。
「あなたは、何故、今それをやらなければならないのか」に直接答えられるものを提示したい。
その問いに直接的に対峙した上での普遍性の獲得方法を、しばらくは考えていくことになりそうだ。
普遍性を獲得出来なければ、この企画は失敗に終わるだろう。
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「ネット上の発言の劣化について」http://blog.tatsuru.com/2011/08/01_1108.php
「子どもも大人も、男も女も、知識人も労働者も、「だいたい同じような情報」を共有することができた」
「マスメディアが一元的に情報を独占する代償として、情報へのアクセスの平準化が担保されていた」
そのような「情報のデモクラシー」の時代が終わったこと。
70年代ごろから「サブカルチャー系情報」がマスメディアから分離しはじめ、
「国民全員が共有できる「マス言論」という場がなくなった。」ということ。
「マス言論というのは、いわば「自分が知っている情報をマップするための、メタ情報」である。」ということ。
マスメディアによるマップ機能の低下が導くのは「自分自身が送受信している情報の価値についての過大評価。」であること。
その結果、「情報の「層」化が進行し、私たちはいま「情報の階層化」のフェーズに入っている。」こと。
この辺の現状認識について、内田さんの見解と、自分の最近の考え方はほとんど一致。
自分としては、そのような「不可逆のプロセス」として進行中である「質の良い情報にアクセスできる階層」と「質の悪い情報にしかアクセスできない階層」の分極化という現象について、ちょっとした変化球によって明らかにすることが出来るかもしれないとの期待を、「twitter企画」に込めている(それは、順番的には3番目か4番目くらいに位置づけられるねらいだが)。
内田樹氏のこのエントリーの冒頭と終わり。
冒頭
「個人的印象だが、ネット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいるように見える。
攻撃的なコメントが一層断定的になり、かつ非論理的になり、口調が暴力的になってきている。」
終わり
「誤解して欲しくないが、私は情報の階層化には反対である。
ネット上に「呪詛」を書き込んでいる諸君は、それによって他ならぬ自分自身を情報化社会の最下層に釘付けにしていることに気づいて欲しいと思って、この文章を私は書いている。
たぶん、ご理解いただけないであろうが。(あ、いけない呪いを書いちゃった。今のなしね)」
数日前にこのBLOGのエントリーにて結論した内容と、今回の内田氏のBLOGの内容もかなりの部分で認識が一致している。
「memo twitter企画に関連して」で書いた結論はこうだ。
「求められるのは…自分の位置を社会の中で正確に見据える観察眼と、その位置に即座に対応出来る心持ちという意味での柔軟性だ。
自分の思想が変わらなくても、社会の中での相対位置は時々刻々と変化していることに自覚的でなければならないだろう。
その視座に立った上で、現在の国民みな躁鬱/総欝的状況を打破すべく、ヘルシーさを恥ずかしげもなく求めていくことの表明。そのような意志が、このtwitter企画の根本にある。」
ここに書いた「相対位置の自覚」は、内田氏の語彙で言うところの「マッピング(=メタ認知)」の重要性であり、「ヘルシーさを求めていくこと」というのはつまり、3.11以降、どうも行き場のない「呪詛」の吐き捨て場としての側面を強めているように思うネット空間と、そこに自分も明らかに依存した生活をしていることに対する危機意識の表現だ。内田氏と自分が活用している情報ソースなど質量ともに全く違うのは明らかだが、自分のこの認識が、震災後により強まっていることは嘘でもなんでもない事実だ。ある側面ではあるが、年齢も立場も全く違うにも関わらず、多くの面で時代認識が一致していること。その認識表明の時期がこれほどに近いこと。これを単なる偶然だと切り捨てることは自分にとっては難しい。
私は、ネット上の空間に「呪詛」を書きこんでいたのではなかったか。
あなたは、ネット上の空間に「呪詛」を書きこんではいないか。
まず始めに、自らの立場について、批判的検証がなされなければならないだろう。
共感も否定も同時に引き起こす「議題」が現在性を捉えているのだとの思いを強めている。
「あなたは、何故、今それをやらなければならないのか」に直接答えられるものを提示したい。
その問いに直接的に対峙した上での普遍性の獲得方法を、しばらくは考えていくことになりそうだ。
普遍性を獲得出来なければ、この企画は失敗に終わるだろう。
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Jul 28, 2011
YIDFF2011
一日二回ブログ更新って…と自分でもちょっと気恥ずかしい感じがあるのですが、ちょっとニュース的な意味でここに記録を。
山形国際ドキュメンタリー映画祭:Yamagata International Documentary Film Festival:YIDFF
というものがあって、いわばドキュメンタリー映画の作り手にとっては誰しもが一度は目指すような、まあ漫才師で言うところのM1みたいな、それの国際版みたいな、そういうものがあって、隔年開催のこの映画祭、2011年の今年は開催年なわけです。
この映画祭には様々な企画があるわけですが、その中で、
「荒削りでもひと際光るなにかを感じさせ、新しい表現に果敢に挑み続けるアジアの作家たちを発掘、応援するプログラム」
というものがあって、それは「アジア千波万波」という名前がついています。これが言うなれば新人が出して上映されたらいいなーと思っている場所の一つな訳です。今年はどうやら63の国と地域から705本が応募され、その中から24作品の上映が決定したようです。うーん、3%…中々に狭き門…
この「アジア千波万波」に、いわゆる「先輩」の作品が上映されることが決定した、というのをさっき学校のHPを見て知ったので、若干興奮しつつも、あーやはり選ばれたのだなあ、納得、との思いもあり。
直接的には数回話したことがあるだけの、恐らくこちらの名前は覚えてもらっていない程度の関係性の先輩なのですが、この上映決定作品を、研究科(今自分が所属してるのは初等科)の上映会の時に学校の試写室で見させてもらって、私とその場にいたKとで驚愕したことは事実で、すげー!こんなすごいの作ってる人が先輩にちゃんといる!と、まあ純粋に嬉しく思ったのでした。
今回上映が決定したバージョンが、その時見させてもらった編集のままなのかどうかは不明ですが、「山形に出した」という話を後日伺う機会があって、「あーあれは凄く面白かったですー。いやー選ばれたらいいっすねえー。」と、完全に観客目線のだらしがない話をしたりしていたので、上映決定したと知って非常に嬉しいと同時に、自分もいずれ、は…!との思いを強めたりする夕暮れであります。
いやしかし、先輩が評価されるってのは非常に嬉しいですな。しかも機材は我々とほとんど変わらないようなものを使っていて、撮影は大体1年くらいかけてされたもので、ほとんど撮影も編集も一人でやってらっしゃる。色々と勇気を頂きました。
その監督は奥谷洋一郎さん。作品名は「Les enfants du Soleil」(邦題は「ソレイユのこどもたち」の模様)
http://www.yidff.jp/2011/program/11p2.html
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山形国際ドキュメンタリー映画祭:Yamagata International Documentary Film Festival:YIDFF
というものがあって、いわばドキュメンタリー映画の作り手にとっては誰しもが一度は目指すような、まあ漫才師で言うところのM1みたいな、それの国際版みたいな、そういうものがあって、隔年開催のこの映画祭、2011年の今年は開催年なわけです。
この映画祭には様々な企画があるわけですが、その中で、
「荒削りでもひと際光るなにかを感じさせ、新しい表現に果敢に挑み続けるアジアの作家たちを発掘、応援するプログラム」
というものがあって、それは「アジア千波万波」という名前がついています。これが言うなれば新人が出して上映されたらいいなーと思っている場所の一つな訳です。今年はどうやら63の国と地域から705本が応募され、その中から24作品の上映が決定したようです。うーん、3%…中々に狭き門…
この「アジア千波万波」に、いわゆる「先輩」の作品が上映されることが決定した、というのをさっき学校のHPを見て知ったので、若干興奮しつつも、あーやはり選ばれたのだなあ、納得、との思いもあり。
直接的には数回話したことがあるだけの、恐らくこちらの名前は覚えてもらっていない程度の関係性の先輩なのですが、この上映決定作品を、研究科(今自分が所属してるのは初等科)の上映会の時に学校の試写室で見させてもらって、私とその場にいたKとで驚愕したことは事実で、すげー!こんなすごいの作ってる人が先輩にちゃんといる!と、まあ純粋に嬉しく思ったのでした。
今回上映が決定したバージョンが、その時見させてもらった編集のままなのかどうかは不明ですが、「山形に出した」という話を後日伺う機会があって、「あーあれは凄く面白かったですー。いやー選ばれたらいいっすねえー。」と、完全に観客目線のだらしがない話をしたりしていたので、上映決定したと知って非常に嬉しいと同時に、自分もいずれ、は…!との思いを強めたりする夕暮れであります。
いやしかし、先輩が評価されるってのは非常に嬉しいですな。しかも機材は我々とほとんど変わらないようなものを使っていて、撮影は大体1年くらいかけてされたもので、ほとんど撮影も編集も一人でやってらっしゃる。色々と勇気を頂きました。
その監督は奥谷洋一郎さん。作品名は「Les enfants du Soleil」(邦題は「ソレイユのこどもたち」の模様)
http://www.yidff.jp/2011/program/11p2.html
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Jul 25, 2011
企画案 memo
1. twitterを通して見る世界ー世界認識格差の時代
2. 「この場所」で考え続ける3.11以降の世界ー我々は皆、当事者である
3. 映像認知の限界と可能性ー映画は科学による分析を拒むか
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2. 「この場所」で考え続ける3.11以降の世界ー我々は皆、当事者である
3. 映像認知の限界と可能性ー映画は科学による分析を拒むか
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Jul 24, 2011
最終講評終わり
羞恥プレイ終了して帰宅。
「うん、終わったな」という感じ。
筒井監督、是枝監督、諏訪監督に講評してもらった内容を、自分なりに理解出来て且つ納得出来るとこまで詰まったので、これでこの修了作品の制作は終わりという感じ(理解した上でその通りにするかどうかについては別。今回は、これで「終了」だなという段階まで自分の中で詰まって、スッキリしているので、恐らくこれで終わりで間違いない)。
また、オープンキャンパスで自分たちの作品の講評以外の面で「ドキュメンタリー」についてお話を聞いていて収穫は多かった。
日頃考えていた事が的外れではないことを実感出来た事が大きい。
映画を撮るスタートラインに片足だけ立てたような気がする。
最終的には、聞いて、考えて、選択する。それだけだ。
さて次はどうしようか。焦らずじっくり、聞いて、考えて、選択したい。
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「うん、終わったな」という感じ。
筒井監督、是枝監督、諏訪監督に講評してもらった内容を、自分なりに理解出来て且つ納得出来るとこまで詰まったので、これでこの修了作品の制作は終わりという感じ(理解した上でその通りにするかどうかについては別。今回は、これで「終了」だなという段階まで自分の中で詰まって、スッキリしているので、恐らくこれで終わりで間違いない)。
また、オープンキャンパスで自分たちの作品の講評以外の面で「ドキュメンタリー」についてお話を聞いていて収穫は多かった。
日頃考えていた事が的外れではないことを実感出来た事が大きい。
映画を撮るスタートラインに片足だけ立てたような気がする。
最終的には、聞いて、考えて、選択する。それだけだ。
さて次はどうしようか。焦らずじっくり、聞いて、考えて、選択したい。
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Jul 23, 2011
MAKING of MANGA 完成
整音作業も終わり、ようやく完成。
今日はこれから13時より最終講評。
筒井武文監督、是枝裕和監督、諏訪敦彦監督に完成版を講評していただく。
オープンキャンパスらしく、一般の人たちも30人ほど来るらしい。
もう、講評がどうあれ、やることは全てやったので悔いはない。
羞恥プレイを楽しもうと思います。
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今日はこれから13時より最終講評。
筒井武文監督、是枝裕和監督、諏訪敦彦監督に完成版を講評していただく。
オープンキャンパスらしく、一般の人たちも30人ほど来るらしい。
もう、講評がどうあれ、やることは全てやったので悔いはない。
羞恥プレイを楽しもうと思います。
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Jul 2, 2011
90%
今年に入ってから何だかんだで半年間、バイトもせず制作していたドキュメンタリー映画「MAKING of MANGA」の編集が90%、終わった。
映画美学校2010年度ドキュメンタリーコース初等科の修了制作として、自分を含め3名のスタッフで制作した、30分程度の「漫画が出来るまで」ドキュメンタリー。
先週の土曜日、6月25日に「完成講評」なるものが終了し、正式なカリキュラムとしては整音作業を残すのみで、7月下旬もしくはそれ以降に予定されている「発表会(一応それなりの上映環境での上映らしい。正式な場所と日時は未定。無料のはず。多分)」を終えると、この作品の制作は完全に終わりとなる。なんだか、ここに書いていると、あーあっさり終わってしまうな。と、一抹の寂しさも覚える(いくつかの映画祭には出してみようとは思っているが)。
主任講師の筒井武文監督に、ときに優しく、ときにはボロボロに言われて凹んだりもしながら、映画にも編集にもペーペーの癖に言いたいことは言ってしまう生意気な学生にお付き合い頂き、様々なバージョンが生まれては消え、その繰り返しの中で徐々に形になっていき、なんとか「作品」として成立しているだろうというものが出来たと思う。
是枝裕和監督や、諏訪敦彦監督にも見ていただく機会があり、様々な的確な助言を頂いた。昔から尊敬する監督達に、拙い、作品と呼べるのかどうかもまだ怪しいようなものを見ていただいて、さらにそれに意見を言ってもらえるのは、学生の特権だ。
最終的には、筒井監督からは「作品になっている。映画の時間が出来ている」とのありがたい言葉を頂き、是枝監督からも「完成してる。面白かった」と言ってもらえた事で、半年間、地震を挟みつつもなんとかここまで粘って作り続けてきた甲斐があったなあと少しだけ安心した(もちろん、同時に様々な指摘も頂いていますが…)。
自分の制作能力の足りなさから、突発的な撮影が組まれることが多々あり、そんな不親切なスケジューリングに付き合ってくれた制作サイドの2人にも、これで何とか顔向けが出来るとの安心もでかい。今回の作品は企画は完全に自分のもので、編集もほぼ自分一人でやったので、これで中途半端なものとなって完成しなかったら、合計60時間以上の撮影に文句を言わずに(表向きは笑)付き合ってくれ、現場での判断が曖昧だったりする事もある自分の至らなさで、かなりの迷惑をかけただろう2人にはもう何と言ったら良いか分からないというプレッシャーが半年くらい続いていた。なので、心のどこかで恐れていたような最悪の事態にはならなかった事で完成講評後はかなり気が抜けてしまい、この1週間はめちゃくちゃ自分に甘いスケジューリングを立ててダラダラと次の企画を練ったり、著作権関連の英語文書の翻訳をしたりしていた。
まだ編集が90%なのは、諏訪監督に最終講評の際に指摘された点について、もう少し、上映会まで考える猶予を残しているからだ。ちょうど1週間前の完成講評が終わってからは、一度も完成バージョンを見直しておらず、なるべくこの映画から離れようとしている。1週間おけば良いかなと思っていたが、今の感覚だともう少し置いて、頭からもっと離してから見なおして、この作品がこのままで良いのか、多少変更するべきかを判断したいと思う。
映画と観客の距離を変える作業になる。作り手のコントロールから作品を外して自由度を広げる、そういう作業になるはずだ。どちらにしろ、構成の骨組みは恐らく変わらない。そういった意味で、90%は完成という事だ。
まだまだ、技術にしろ経験にしろ、全てにおいてまだまだ足りない事は分かっているが、今の自分が出来ることはほぼやってきた。あと10%出しきって、完成させます。
映画美学校2010年度ドキュメンタリーコース初等科の修了制作として、自分を含め3名のスタッフで制作した、30分程度の「漫画が出来るまで」ドキュメンタリー。
先週の土曜日、6月25日に「完成講評」なるものが終了し、正式なカリキュラムとしては整音作業を残すのみで、7月下旬もしくはそれ以降に予定されている「発表会(一応それなりの上映環境での上映らしい。正式な場所と日時は未定。無料のはず。多分)」を終えると、この作品の制作は完全に終わりとなる。なんだか、ここに書いていると、あーあっさり終わってしまうな。と、一抹の寂しさも覚える(いくつかの映画祭には出してみようとは思っているが)。
主任講師の筒井武文監督に、ときに優しく、ときにはボロボロに言われて凹んだりもしながら、映画にも編集にもペーペーの癖に言いたいことは言ってしまう生意気な学生にお付き合い頂き、様々なバージョンが生まれては消え、その繰り返しの中で徐々に形になっていき、なんとか「作品」として成立しているだろうというものが出来たと思う。
是枝裕和監督や、諏訪敦彦監督にも見ていただく機会があり、様々な的確な助言を頂いた。昔から尊敬する監督達に、拙い、作品と呼べるのかどうかもまだ怪しいようなものを見ていただいて、さらにそれに意見を言ってもらえるのは、学生の特権だ。
最終的には、筒井監督からは「作品になっている。映画の時間が出来ている」とのありがたい言葉を頂き、是枝監督からも「完成してる。面白かった」と言ってもらえた事で、半年間、地震を挟みつつもなんとかここまで粘って作り続けてきた甲斐があったなあと少しだけ安心した(もちろん、同時に様々な指摘も頂いていますが…)。
自分の制作能力の足りなさから、突発的な撮影が組まれることが多々あり、そんな不親切なスケジューリングに付き合ってくれた制作サイドの2人にも、これで何とか顔向けが出来るとの安心もでかい。今回の作品は企画は完全に自分のもので、編集もほぼ自分一人でやったので、これで中途半端なものとなって完成しなかったら、合計60時間以上の撮影に文句を言わずに(表向きは笑)付き合ってくれ、現場での判断が曖昧だったりする事もある自分の至らなさで、かなりの迷惑をかけただろう2人にはもう何と言ったら良いか分からないというプレッシャーが半年くらい続いていた。なので、心のどこかで恐れていたような最悪の事態にはならなかった事で完成講評後はかなり気が抜けてしまい、この1週間はめちゃくちゃ自分に甘いスケジューリングを立ててダラダラと次の企画を練ったり、著作権関連の英語文書の翻訳をしたりしていた。
まだ編集が90%なのは、諏訪監督に最終講評の際に指摘された点について、もう少し、上映会まで考える猶予を残しているからだ。ちょうど1週間前の完成講評が終わってからは、一度も完成バージョンを見直しておらず、なるべくこの映画から離れようとしている。1週間おけば良いかなと思っていたが、今の感覚だともう少し置いて、頭からもっと離してから見なおして、この作品がこのままで良いのか、多少変更するべきかを判断したいと思う。
映画と観客の距離を変える作業になる。作り手のコントロールから作品を外して自由度を広げる、そういう作業になるはずだ。どちらにしろ、構成の骨組みは恐らく変わらない。そういった意味で、90%は完成という事だ。
まだまだ、技術にしろ経験にしろ、全てにおいてまだまだ足りない事は分かっているが、今の自分が出来ることはほぼやってきた。あと10%出しきって、完成させます。
May 20, 2011
May 9, 2011
動物デモ撮影
本日「警戒区域の動物たちを見捨てない!デモ」の撮影を頼まれたので、昼前位からカメラを持って渋谷へ。
http://animaldemo.blog.fc2.com/
デモ自体の主張にも、今回は共感出来た。動物に罪は無いよね。
APF通信の山路さんの話で、「犬のお腹が膨れているので妊娠しているのかと思ってドクターに見せたら、お腹が空きすぎてビニール袋などを食べてしまっていたのが原因だった」という話には参加者からの嘆息が漏れていた。泣いている方も多く見られた。
----------------------------
デモ撮影はこれで3回目。
炎天下の渋谷をカメラ片手にヘッドフォンをつけて走り回った。
ジョー・ヘンダーソンの「OUR THING」Tシャツを着て。
まだまだ撮影の腕は低いけど、最初の頃に比べると動き方が分かってきたかも。とにかく、撮って走って撮って走ってが、デモ撮影だ。
今回は頼まれ撮影だったので、撮ってすぐテープをお渡ししたけど、機会があったら自分でも見てみたいなー。
ちなみに、こちらの動画に見切れている。
http://animaldemo.blog.fc2.com/
デモ自体の主張にも、今回は共感出来た。動物に罪は無いよね。
APF通信の山路さんの話で、「犬のお腹が膨れているので妊娠しているのかと思ってドクターに見せたら、お腹が空きすぎてビニール袋などを食べてしまっていたのが原因だった」という話には参加者からの嘆息が漏れていた。泣いている方も多く見られた。
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デモ撮影はこれで3回目。
炎天下の渋谷をカメラ片手にヘッドフォンをつけて走り回った。
ジョー・ヘンダーソンの「OUR THING」Tシャツを着て。
まだまだ撮影の腕は低いけど、最初の頃に比べると動き方が分かってきたかも。とにかく、撮って走って撮って走ってが、デモ撮影だ。
今回は頼まれ撮影だったので、撮ってすぐテープをお渡ししたけど、機会があったら自分でも見てみたいなー。
ちなみに、こちらの動画に見切れている。
Apr 29, 2011
ガギグゲキッコ発売
去年の夏頃、就活で東京に来ていた名古屋時代の悪友41と飲んだ時、41のバイト仲間だった漫画家さんを紹介してもらった。大学時代から話は聞いていたが、会うのはその時が初めてだった。プロの漫画家さんと話すのは初めてだったので、若干緊張するかと思いきや、全然、普通の兄ちゃんで、いい奴だった。確か終電を逃して皆でうちに泊まったのを覚えている。
昨年末から、学校の修了制作(出来るまで課題)の企画を考えていて、どーしたものかと迷っていた時に、あー「漫画が出来るまで」は見てみたいなーとポッと思い浮かんだ。同時に、漫画家の彼とはもう少し色々と、突っ込んだ話をしてみたいという思惑込みで。
その事を、またも41と3人で飲んだ際に打ち明けてみると、ふわっと撮影のOKをもらえたので、「漫画が出来るまで」ドキュメンタリーの企画を立てて学校でプレゼンし、一緒に制作してくれる2名のメンバーも決定。今年に入ってから制作がスタートした。
そして、2月頭から3月末頃まで、漫画家さんの執筆作業過程(ネーム執筆から脱稿まで)を撮影させてもらった。
小学館の月刊IKKIという漫画雑誌に昨年春から「ガギグゲキッコ」という作品を連載していた漫画家さん。その連載最終回の執筆のタイミングと、学校の修了制作の企画から発表までのタイミングが奇跡的にバッチリ合ったのは幸運だった。
担当編集者さんとの打ち合わせ・IKKI編集部の仕事・IKKI編集長インタビュー・印刷所でのカバー印刷なども、地震があって一時制作がストップしたりスケジュールが一旦真っ白になって中々に決まらなかったり、色々とそれなりの紆余曲折を経ながらも撮影させてもらい、現在、残り数回の撮影予定を残しながらも、仮編集に入っている。
そして本日(もう昨日か)、彼の約1年間の仕事が単行本として世に出た。
2011年4月28日。土屋雄民「ガギグゲキッコ」全一巻、発売。
彼にとっては初の単行本発売だ。
IKKIでの連載も勿論読んでいたが、単行本で読むと、全然印象が変わる。
グッと来た。このブログを読んでいる漫画好きの奴には、別に知り合いだからとか関係なくオススメする。Amazonでも買えるよ。ヒリヒリする音楽漫画。
俺も、頑張らねばなーと、ケツを叩いてもらった感じだ。
スキルもセンスも俺には圧倒的に足りないが、今出来る事を、「やらなきゃいけないことを」ちゃんとやろうと思う。
映画の完成予定は6月末。地獄の編集期間が始まった。
Apr 27, 2011
note - for translation
[Documentary Filmmakers' Statement of BEST PRACTICES IN FAIR USE]
http://www.centerforsocialmedia.org/sites/default/files/documents/fair_use_final.pdf
http://www.centerforsocialmedia.org/sites/default/files/documents/fair_use_final.pdf
Apr 21, 2011
菊池信之さんの録音論 備忘録
4/13 菊池信之さんの録音論 備忘録箇条書き
・まずは、自分で考えて、自分が良いと思うものをやっていけば良い
・理論書に頼るのでもなく、経験主義でもなく
・音が映像に変わる“メッセージ”に過ぎないものではつまらない
・反映像という“メッセージ”では今は通用しない
・映像と音の対立構造はもう古い
・音がなくても傑作は傑作。音を過大評価する必要はない→では何故音が必要?
・映像+音=新たな現実。音は映像に従属するものでは無い。別物として、独立して考える
・同時録音だとしても、音は映像と一体化しない。音は映像と別物。そこから出発すべき
・人間は関心が向いている音しか聞こえていないのでは?
・「客観的な音」はあるのか?
・あるのは「現実」の多様性/複雑さ。現実/被写体への向き合い方から音は変容する
・どの場所(立ち位置)から得られた音なのか
・映像は「強制力」が強い。音には「多様性」がある
・音は一つの感情やものを表現しきれない。からこそ良い
・“意図”が音に加わる事は良いことか?
・現場での「音との出会い」→ここからその「空間」を考える
・音に出会い、受け入れ、広げていく
・現実を限定させる音は良いのか、危険ではないか
・現場の状況(季節、天気、時間、などなど)で音は変わる
・その場、その時の音を大事にする
・映像とは別の物語が音によって作られる(another story)
・映像と音がぶつかる場所に「新たな空間/現実」が生まれる
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